いったい何を言い出すのかと失笑する気配があちこちから漂ってくる。
王のやる気のないのは体調などのせいではないのは周知の事実で、今さらそのような事を面と向かって言うのは無礼どころの話ではない。
受け取り方によっては馬鹿にしきった態度ととられても仕方がないほどの危うい発言だった。
当の王にしても、いくら政に無関心とはいえその空気を感じ取れない程に愚かではなく、赤い顔をして俯き、怒りに握りしめた手が震えていた。
明らかに逆風へ真っ向から進むかたちになった部下を、ホウエンは目を細めて見守っている。
ヒリュウはホウエンのその視線を感じつつ、その場で平伏して先を続けた。
「差し出がましいかとは存じますが、少し休養を取られてはいかがですか? それがご無理のようであればせめて気分転換くらいは必要ではないかと。即位なさってから今日まで、そういった機会もなかったのではありませんか? 随分と思いつめておられるようにお見受けします」
この言葉には、人知れず朔であるザインが顔を歪めた。
一見、その身を案じているようなヒリュウの言葉も、普段の王の所業を知る者や王本人にはまた違った意味合いをもって響く。
それを見てとったホウエンが、ヒリュウを制しておもむろに口を開いた。
「陛下。どうかお気を鎮めて将軍の話に耳を貸してやってはもらえないだろうか。この男の言葉に妙な含みなどござらん。聞けば王陛下と将軍は同郷で幼少の頃からの顔見知りだとか…ヒリュウは純粋に陛下の御身を案じているのです」
ホウエンが割って入ったことで、場の空気が少しだけ緩む。
王からも無駄な力が抜け、身にまとう空気も穏やかなものに変わった。
玉座に向けられる見る目の冷たさだけは変わることがなかったが、休養も何も王としての勤めを何もかも放棄して遊び呆けている王に対してそれは無理からぬことであった。
冷ややかに突き刺さるたくさんの視線に、王は思わず顔を背ける。
「陛下。何かお気に召さないことがおありなら、朝議のすぐ後でこの者を陛下のもとへやります故、その時に直接言ってやっていただけるかな? 武官だからと礼儀の方をちとおろそかにしてしまったやも知れませんぬ。どうか、私に免じて…」
「…わかった」
王の返事はそのやり取りを少しでも早く終わらせたいというような言い方だった。
だがその言葉を聞いた時、一瞬だがホウエンとヒリュウが視線を絡ませたのにはザインも気が付いた。
――いったい何が狙いだ、ヒリュウ。
訝しげに眉間に皺を寄せヒリュウの方を見たが、再び平伏してしまったヒリュウはザインの視線に気付くことはなかった。
ホウエンは王の方を見ると、わざとらしく見える程馬鹿丁寧に拝礼した。
その意味を測りかねる武官二人の行動に、場の空気が困惑に揺れている。
朔は一つ咳ばらいをすると言った。
「では、本日はこれにて……」
朝議の終わりを意味するその簡単な言葉に、朝廷の大官達が次々に立ち上がってその場を去っていく。
ざわざわとざわめく中、退出していく人々の間を縫ってヒリュウとホウエンの後を追った。
「ヒリュウ! ヒリュウ待って!」
ホウエンと話をしながら先を歩いていたヒリュウの袖を、ザインが掴んで足を止めさせる。
「お? どうしたよ、ザイン」
「これはこれは…朔殿。いかがされた?」
同時に立ち止まったホウエンが声をかけると、立場的には上であっても、ザインはホウエンに敬意を表して軽く頭を下げた。
ホウエンはそれを感心したように見つめて目を細めた。
「さきほどの事でしたら、私よりもこの男から聞くのがいいでしょう。どちらかと言えば私は、巻き込まれたクチですから」
驚いたように顔を上げたザインに、ホウエンが頷く。
「このような友を持つと大変でしょうな、朔殿。でもまぁ、今一番この国の事を考えておるのはおそらくこの男でしょう。話を聞いてやってはくれんかな?」
「もちろんです、ホウエン殿。そのつもりで追いかけてきました」
「そうか」
嬉しそうにそう言うと、ホウエンは二人を残してその場を後にした。