パチンコ 転職 バスタオル 8.一都四州

一都四州


 ――いったいどうしろって言うんだよ、ジンの馬鹿野郎…。

 ただ二人のそんな様子を不審に思ったのか、サクが訝しげな表情で口を挿んできた。

「ジン。蒼月が誰か、知ってるとか?」
「なんでだよ?」
「いや…何となくそんな気がしただけなんだけど」

 そう言うサクの視線はユウヒの方を向いていた。
 それがユウヒの正体に気付いての事なのかどうかは定かではないが、今のユウヒはとてもじゃないが平静ではいられそうになかった。

「あの…」

 その場の空気をごまかそうとしているのは明らかだったが、ユウヒは構わず口を開いた。
 サクはまだユウヒから目を逸らさないが、ジンが横から助け舟を出そうとする気配もない。
 ユウヒはやけを起こしてこのまま自分が蒼月だと言ってやりたい気分だったが、その気持ちををどうにか抑えて静かに言った。

「あのさ、まだいた方がいいかな? ほら…私、明日も剣舞の稽古、スマルと約束してるから…今日はもう帰ってもいいかな」

 言いづらそうに言うユウヒの、その暗い表情の本当の理由はサクにはわかるはずもない。
 顔を上げたユウヒはジンとサクを交互に見つめた。
 サクとジンは顔を見合わせて頷くと、ジンがユウヒに向かって言った。

「あとは俺とサクで話すから、お前は大丈夫だろ。お前が使ってた部屋、サクに貸すぞ?」

 ユウヒは黙って頷いて立ち上がった。

「話の途中なのにごめん。でも剣舞の方をおろそかにするわけにもいかないし」
「わかってるよ。それより本当に大丈夫?」
「ありがとう、大丈夫だよ。じゃ、悪いけど…帰るね」

 ユウヒが立ち上がると、逃げるように部屋を出た。

「気を付けて帰れよ」

 その背中に向かって、ジンが新しい煙草に火を点けながら言うと、ユウヒを追ってサクが立ち上がった。

「厩舎の場所、わかる? 外暗いし、俺もいくよ。ジン、ちょっと出るね」
「ぉ、おぅ」

 ジンの返事を待たずにサクは部屋を出て行った。
 店内を歩くユウヒの肩に、追いついたサクが後ろからぽんと手を置いた。
 ユウヒの背中を冷たい汗が流れる。
 振り返ったユウヒは恐らくひどく驚いた表情をしていたに違いなかったが、暗い店内でサクがそれに気付くはずもなかった。

「何?」

 震えそうになる声を必死に抑えてユウヒが言うと、サクは不思議そうに首を傾げてユウヒに言った。

「何って…厩舎の場所」

 それを聞いたユウヒの口から小さな溜息が漏れる。

 ――蒼月って事がばれたわけじゃないのか。

 サクは厩舎の場所を教えるために追いかけてきたのだと安堵はしたものの、ユウヒの手は滑稽なほどに汗ばんでいた。
 動揺が伝わらないように、ユウヒは勤めて極普通に返事をする。

「そっか。助かるよ」

 店から出た二人はそのまま建物の裏手の方へ回った。
 灯りのない厩舎の中に、騎獣の眼が光って見えた。
 入り口のところでユウヒを待たせて、サクはユウヒの騎獣を連れに中へと入っていった。
 しばらくして、嬉しそうに喉を鳴らす騎獣と共に、サクが戻ってきた。

「…酒臭っ」

 ユウヒが笑い混じりで言うと、サクも笑って言った。

「元気がないってわけじゃないのか。何かよくわからないけど…あんまり抱え込むんじゃないよ?」

 何も知らないサクの言葉は、肝心な事を隠しているユウヒには辛いものだったが、ユウヒを気遣うサクの気持ちはとても嬉しかった。

「うん、大丈夫だよ。ありがとう」
「いや、お礼なら俺の方こそ…いろいろありがとう。えっと、気を付けて帰りなよ」
「うん。あ、サクは明日いつ頃戻るの? 女官さん達に伝えておくよ」

 ユウヒの言葉にサクは少し考えてから答えた。

「うーん、そうだな…昼頃には顔を出そうと思ってるけど、どうかな?」
「これからまたジンと飲むんでしょ? 早くても明日の夕刻あたりじゃないの? いっそ休んじゃえば?」

 ユウヒがサクの顔をのぞき込むようにして言うと、サクは呆気に取られたようにユウヒを見つめ返してきた。

「そう…だな。休んじゃうか」

 サクの答えにユウヒが小さく笑うと、サクがまた口を開いた。

「忙しいって言ったって、なんだかんだで皆ちょこちょこ休んでるもんな。いいや、わかった。俺、明日は休むって言っておいて」
「わかった。伝えておく」

 ユウヒは騎獣に飛び乗ると、その背を撫でながらサクに言った。

「ジンにまた遊びに来るって言っておいて。それじゃ、楽しい夜を!」

 サクが手を上げてそれに応えると、ユウヒに腹を軽く蹴られた騎獣は地面を蹴って宙へと駆け出した。

「飲みすぎには注意しなよ、サク! じゃ、またお城でね!!」

 ユウヒが振り返り大きく手を振ると、サクもまた手を振っていた。
 視線を前方に戻し、小さく騎獣に声をかけると、ユウヒを振り落とさないようにするかのように、騎獣は優しく駆け始めた。
 ほろ酔い気分の火照った肌を風がひんやりと冷たく撫でて通り過ぎていく。
 見下ろすと、サクがまだ店に戻らず、ユウヒの事を見送るように暗い夜空を見上げて立っていた。

「ごめんね、サク。蒼月は私なんだよ…」

 直接言うことのできない言葉を空の上でぼそりとつぶやき、ユウヒが騎獣の背をぽんぽんと叩くと、騎獣はそれに答えるかのように一声吠え、宙を蹴り、暗い夜の空を風を切って王都クジャへと走りだした。