「じゃ、もし事が動いたとしたら…赤州はどう動くと二人は考えてるの?」
ユウヒの言葉にジンとサクの二人が顔を見合わせる。
同時に口を開こうとして、ジンがサクに譲った。
サクはジンに向かって頷くと、ユウヒの問いに対して自分の考えを述べた。
「これはあくまでも俺の考えなんだけど、俺達もしくは他の誰かが動いて国の中が大きくうねり始めたとして…一番最後まで動かないのがここ、赤州だと俺は思ってる」
「いや、俺も同感だな」
ジンがサクの言葉に横から口を出した。
「おそらく赤主としては、あくまでも異民族に対してこの国は、少なくともこの州は友好的であるという態度を旧大陸に対して示し続けていたいはずだ」
ジンの言葉にサクが頷くと、ユウヒが不思議そうな顔で二人に訊いた。
「なんでそんなに旧大陸が気になるの? 海の向こう側の国でしょう?」
「まぁな…俺達の感覚からするとおいそれとは渡って来られねぇ遠い遠い国だしな。だが、あっちの連中にしてみりゃこっちは海を挟んだ『隣国』だ。造船の技術も、軍事力も、あらゆる面でこっちのどこよりも格段に進んでる。そんな得体の知れねぇ化けもんに、わざわざ敵意を表す馬鹿はいねぇってことだよ」
「ジンの言うとおりでしょう。旧大陸はいくつかの国が同盟を組み連合国を名乗り一つの国家として強大な勢力を持っている。旧大陸と言っても歴史の長さはこっちとそう大差はないはず。ただより効率の良いものを取り、無駄と思われるものを切り捨てて進んできたか、歴史や風習を重んじて、それらと融合して歩んできたかその差です」
二人の言葉がまだ理解できないユウヒは首を傾げてその話を聞いている。
ユウヒが何も聞いてこないので、サクはまた話を続けた。
「領土拡大の対象として、こちらに興味を持っていない。だから手出しをしてこない…それだけの事なんです。こっちと戦う事など酔狂でしかないんでしょう。よろしくやって、資源などを手に入れられればそれで構わない、わざわざ面倒を起こす事もない。そういう事です」
「あとは…あれだぞ? 神だの何だのって、そういうものに敬意を表するくらいの心はあるらしい。神聖なものにはできる事なら手出しはしたくねぇもんだろ?」
ユウヒは大きく溜息を吐いて言った。
「つまり赤州は自分の周りがごたごたしても、対岸にあるどでかい蜂の巣をわざわざ突っつくような真似はしたくない、そんな素振りも見せたくない、っていう事かしら?」
ジンとサクはそれを聞いて思わず顔を見合わせて噴出した。
「くっ…ま、そういうこった」
「ずいぶん噛み砕いた解釈だね、ユウヒ」
「…そりゃどうも」
ユウヒが不貞腐れた態度で答えると、ジンとサクは声を出して愉快そうに笑った。
部屋に張り詰めていた緊張の糸が少し緩み、和やかな空気が流れた。
ずっと喋り通しだったジンは、手酌の酒を美味そうに一気に煽った。
空になったそのジンの茶碗にサクが酒をなみなみと注ぎ、その酒瓶を受け取ったユウヒがサクの茶碗に酒を注ぐ。
もう一度サクの手に渡った酒瓶はもうほとんと空に近く、その残った酒はユウヒの茶碗に全て注がれた。
「よっしゃ、次はどこだ? 黒州か?」
ジンがそう言うと、ユウヒは黙って頷いた。
三人の視線が地図に集まる。
ジンが口を開いた。
「黒州は王都の背後、後ろに山岳地帯のガジットを抱えた北部の州だ。ユウヒ、お前がいたホムラ郷は確か黒州のはずれだったはずだが?」
話を振られたユウヒが何かをごまかすようにニカッと笑うと、ジンが肩を落として溜息を吐いた。
「おいおい、お前さぁ…郷塾で習った事、全く覚えてねぇんじゃねぇだろうな?」
「いやぁ、ホムラ郷ってさ、黒州って言ったってほぼあの郷だけで自治してるようなカンジだもんでさ。黒州に属してたのも、今言われて思い出したっていうか…」
ユウヒがそう言うと、サクが今度は口を開いた。
「まぁ当たらずと言えどもってとこか? 確かにホムラだけは独自の体制で動いてる特別な場所だからね」
「やっぱりそうなんだ。で、黒州はどんな感じなの? あ、そういえば…私あの州の中で人間以外っていうの? 獣人とか…あぁ、違う。見た目が人間というだけかもしれないんだけど、それ以外、見た事ないような気がする」
「そうだね。なぜそうなったのか理由まではわかりませんが…あそこはそういう場所です」
サクが言うと、ジンが頷いてその後を続けた。
「後ろまで山が迫ってるし、国の中でも一番土地も荒れてて気温も低い。生きるためには食わにゃならんが…自給自足も土地柄難しかったってとこかね? 店に行って売ってもらえるかどうか怪しいからな、見た目が人とは違うってだけで」
「制度とかは問題じゃないところで住むには条件が悪いっていうこと?」
「まぁ、そんなところだろうな。際立って排斥運動が激しいとかいうわけでもねぇのに住んでねぇんだから」
「ふぅ〜ん…不思議だね」
ジンとのやり取りの間、ユウヒは昔の事を思い出していた。
ホムラにいた頃、郷には「人」しかいなかったように記憶している。
だからと言って、それ以外の者を排するような教えは受けた事もないし、普通に存在する者達として、特に何という事もなく受け入れていた。
黒州の中を移動している時も、人外の民族が虐げられるような様を目にした事は一度もなかった。
いったいこれらはどういう事なのだろうかとユウヒが首を傾げて難しい顔をしていると、サクが声をかけてきた。
「どうかした?」
「うん…」
ユウヒは何か聞きたいのだが、何をどう言葉にしていいのかわからなかった。
それを察してか、サクはユウヒの答えを待たずに話を始めた。
「黒州の州都ゲンブはクシャナ川の上流にある。ホムラ郷とはずいぶん離れてはいるね、ゲンブはこの国の北西、ホムラは北東に位置してるから。でも同じ黒州。王を輩出するホムラ郷があるんだからね、懐がでかいんだよ昔から。あらゆる者をありのままに受け止めるのが黒州だ」
「つまり?」
ユウヒが聞き返すと、サクは頷いて言葉を継いだ。
「つまり…その理由がどこにあるのか、たぶんゲンブにいる連中もわかってないだろうが、黒州は王に付く。つまり新王がいる以上、黒州は王都側ってことだ」
そう言ってサクが意味ありげに笑い、それを見たジンの顔にも含み笑いが浮かぶ。
「え、何よ、その笑い…」
ユウヒが不満そうに言うと、今度はジンが口を開いた。
「わかんねぇか、ユウヒ。黒州は王に付くと言ったんだよ、サクは。今の体制じゃ王と言えば新王。だが、州都ゲンブの連中がこの国の王は蒼月だと認めれば…」
「黒州はこっち側ってことか!」
「そういうことだ」
「なるほど!」
ユウヒはそう言って頷き、そのまま確認するように話を続けた。
「じゃあさ、今回の旅の一座の動きっていうのはやっぱり追い風? どうなの?」
「どうだろうな。逆風ではないと思うが…少なくとも民意に揺さぶりはかけてるからな」
ジンの言葉を継いでサクが口を開く。
「蒼月の存在が、いつ、どんな風に広まっていくかっていうのにも係ってくるでしょうね。現れたからと言って、それが一朝一夕に国中に伝わるものじゃない」
「…まぁな。まぁ下手な演出なんざいらんだろうが、より劇的に、より印象的に出てきてくれると、ぐらぐら揺さぶられてる民意は傾きやすいだろうな」
にやにやと笑いながら言うジンの言葉に、ユウヒは何も言えず、ただ当惑した表情を浮かべるしかなかった。