「どういう事?」
問い返すユウヒにジンがそのまま返事をした。
「わかんねぇから恐ぇんだよ、連中は。まぁ誰だって自分が一番可愛いんだろうが…いつ暴徒と化すか、自分達まで襲われるのではないか、そんな事ばかり考えてやがる」
「そんなわけないじゃない」
戸惑った様子でユウヒが言うと、ジンも苦笑して頷いた。
「それがわかんねぇんだ。自分達とは違う存在だから。人間じゃない、それだけで自分達の思いもしない行動を取るんじゃないかってな」
「他人がどう動くかなんて、人間同士だってわかんないでしょ? 思わぬ利害関係があるかもしれないし…それをなんで…はぁ、馬鹿馬鹿しい」
「その馬鹿馬鹿しい事を疑ってしまうんだよ、自分とは違う者に対しては。人の形に近くても、獣並みの思考能力しかないんじゃないかとか、あげだしたらきりがねぇ。でもまぁ、そういうこった」
ジンとユウヒのやり取りを、サクは黙って見ている。
ユウヒは自分が何か妙な事を口走ってはいないかと一瞬どきりとしたが、小さく息をフッと吐いて気を落ち着かせると、ジンに向かって言った。
「白州の妙な緊張感とか、治安の悪さっていうのは、そういう疑心暗鬼から来てるってことね? で、黄龍を領地内に抱えてるルゥーンの動きを警戒する余り過敏になってはいるけど、どっちに転ぶかはその時の形勢次第ってことか…わかった」
それを聞いてジンがにやりと笑みを浮かべてサクを見た。
サクは疑っているというよりは、むしろ感心したようにユウヒを見つめていた。
「少し休憩するか? それとも続けるか、ユウヒ」
ジンがそう言ったのは、ユウヒが何かを考え込んでいるように見えたからだった。
実際ユウヒはその知識と経験の全てを、今聞いた話と照らし合わせて自分なりに咀嚼しているところだった。
風の民として各地を渡り歩き、あらゆるものを見聞きし経験してきたそれが、今もたらされた情報によってその一つ一つが腹の底にすとんすとんと落ちていく。
ユウヒは自分が王として立つにはあまりにも無知であるという事に再び気付かされ、いったいその足りないものをどうしたら補うことができるのか、必死になって考えていた。
――私に決定的に足りないもの。それは…知識と新しく国が生まれ変わるのだという事を、皆に気付かせるだけの強い力…なのかも。
途方に暮れながらも、僅かながら前に進んでいる強い手ごたえ感じているユウヒは、休憩などしている余裕はないと感じて首を横に大きく振った。
「いい。そのまま続けて下さい」
ユウヒの目に宿る力が明らかにそれまでと違ったのに、ジンもサクも気が付いた。
だがサクにその理由がわかろうはずもなく、その思いが訝しげな表情に表れていた。
ジンはそんなサクの様子にも気付いていたが、やはりそれに触れようとはせず、ユウヒに向かってまた話を始めた。
「じゃ、続けるぞ。次はさっき話そうとしてた赤州だ。いいか?」
「うん。お願い」
ユウヒの返事を確認して、ジンはまた口を開いた。
「知っての通り、この町カンタ・クジャを始めとして、赤州にはいくつかの港町がある。中でも州都シュジャクにある港は一番でかくて名実共にこの国の玄関口となってる。他の港がこっちの大陸にある国からの船のみを受け入れてるのに対して、シュジャク港は滄海の向こう、旧大陸からの船も寄港する。だから町も港も他とは規模が全然違う」
「滄海の向こう?」
驚いたようにユウヒが聞き返すと、ジンはしたり顔で言った。
「あぁ、滄海の向こうだ。渡来人も受け入れてる州都シュジャクは海に面した町だが、その護りはなかなか強固だ。旧大陸に対して…その、なんだ。対抗心とでも言うのか? それなりに制度の整った国であるとでも主張したいんだろう。異民族を受け入れることに関する間口はおそらく国内随一だろうな。実際にそれがうまいこと機能しているのかどうかはあやしいところだが、少なくとも異民族を排する態度は示さず表向きはあくまでも寛容だ」
「表向きっていうところが難しいところなんですがね…」
またサクが口を挿んだ。
「確かにそれだけの懐のでかさがここ赤州にはありますが、国内の他の州との差がありすぎるのも困るというのが本音なんでしょう。守護の森を抱えた青州と違って、ここはやむを得ない事情ではなしに制度として異民族を受け入れている。当然、国内の人間以外の民族は、ここに流れ込み始めます。それを全部受け入れてしまうと、下手すれば王都を敵にまわしかねない」
「その結果、異民族を受け入れつつも、国内から流れてくる異民族への門戸を極端に狭めているっつぅか、他の州から赤州に入ってくる異民族に対してはかなり厳しい態度で臨んでる。妙な矛盾を抱えた州ってわけだ」
「ふぅ〜ん…」
サクの言葉を継いだジンの話を聞いて、ユウヒは壁にかかった地図をまじまじと見つめた。