一都四州


「じゃ、青州はさっき話したからもういいな?」

 そう言ってユウヒに確認するようにジンが言葉を切ると、ユウヒは黙って頷いた。
 感心したようにジンは薄笑いを浮かべ、また口を開いた。

「そんじゃ次は…ここ、カンタ・クジャもある南部の赤州な。ここは知っての通り、海に面した州で…まぁ青州も白州も海に接してはいるんだが、国の玄関口と言っていいようなでかい港があるのはここ、赤州だけだ。青洲は守護の森のはずれが海だが、あそこは崖だ、港は作れねぇ。白州の方はそんな事もないが、あそこはずっと政情が不安定だったからな。港を作るに作れないままに現在に至ったってところだな」

「政情が不安定? 白州が?」

 ユウヒが聞き返すと、サクが今度は口を開いた。

「今はね、そんな事もないけれど…昔は国境線がしょっちゅう変わったりして大変だったみたいだね。ルゥーン側との小競り合いが絶えなかったから、港を作るどころじゃなかった」
「そうか、だから白州には港がないのか」
「ん〜、じゃ先にそっちから話しとくか?」

 ユウヒの言葉に応じて、ジンが話の中心を赤州から白州に切り替えた。

「西方にある白州は隣国、ルゥーン王国と国境を挟んでる。ルゥーンは砂漠の国、その乾燥してる気候の影響を受けていながらもどうにか豊かにやってるのは豊富な水を湛えるクシャナ川のおかげだ。王都を過ぎて下流で大きく蛇行したクシャナ川は、白州を分断するようにそのほぼ中央付近を貫いて流れてる」
「昔は川の氾濫を警戒する余りに、上流の方で水量調節をやり過ぎたりいろいろ問題は多かったみたいですけどね。人は失敗を重ねていろいろ学んでいくものだ。おかげで今は砂漠化も進むことなく、白州もどうにかこうにかやっているようだね」

 ジンの言葉にサクが補足をすると、ユウヒが大きく頷いた。
 ユウヒが話を理解していると判断したジンは先を続けた。

「まぁ、そうは言ってもやっぱりルゥーン側としちゃその川の恵みが羨ましいわけで…国境のつまらねぇ小競り合いも、どうにか落ち着いたのはここ最近のことだ。ルゥーン側はどうやら切り札みたいなもんを持ってるらしくてな」

「切り札?」

 ユウヒが不思議そうに聞き返すと、ジンは意味ありげな目配せをして頷いた。

「黄龍、らしいですよ。その切り札って」

「こ…黄龍?」

 割って入ったサクの言葉に、ユウヒは勤めて平静に反応した。
 サクは何か感じ取ったようだったが、あえて触れようとはせずに話を続けた。

「そう、黄龍。ユウヒもご存知のようで…大昔、クジャを守護する四神と共にその中心にいたとされる神の名です」
「それがどうしてルゥーン側の切り札なの?」
「うーん、そのあたりはどうも曖昧なんですけど…」

 サクが困ったようにそう言ってまた髪の毛を触り始めると、ジンが今度は口を開いた。

「聞いた話がほとんどで確証がねぇもんばかりなんだが、黄龍が何者かによって封印されたその場所ってのが、どうやらルゥーン国内にあるらしいんだ。その力を使ってクジャを攻めるとか何とかっていうのがあっちの切り札っぽいんだが、今まで実際にその力が使われたような痕跡はまったく残ってねぇ」

 サクがジンの言葉に頷いて言葉を続ける。

「ただの脅しなんじゃないかってクジャ側は判断したようですが、何分自分達の国の神だったわけですからね。もしも事実だとしたらって思うと強く出られないわけです」
「かと言ってルゥーン側から何かそれっぽい動きがあるわけでもねぇ。いろいろと試した形跡はあるんだが…おそらく黄龍の力を利用してどうこうなんてのは、こっちを抑えつけておくための方便ってとこだろうな」

 黄龍に絡んだルゥーンの一連の動きについて、ジンとサクの見解は一致していた。
 しかしながら事実はよくわかっておらず、これはあくまで推測の域でしかない…そうことわった上で、ジンはまた話を続けた。

「その辺の双方の事情がうまいことつり合ったんだろうな。攻めても来ないが手出しもできねぇ。俺達が調べた感じじゃ黄龍がらみの事はルゥーン側としても持て余してるってとこだな。得体の知れねぇ厄介なもんを抱えてるくらいにしか、おそらく現在じゃ思われちゃいねぇんだろう」
「でしょうね。だからこそ国境も定まったんでしょう」

 二人の話を聞いていて、ユウヒが思い出したように口を開いた。

「でも…さ、あの辺って治安が悪いっていうか、確かにルゥーン側とのそういうのはないみたいだけど、何だか物騒なところじゃない?」

 ユウヒの言葉にジンが苦笑する。

「まぁ、そうだな。そんな事情があったもんだから、白主の周りの連中は必要以上に黄龍を意識してんだ」
「意識? もうそういうの、落ち着いたんでしょう?」

 当然の疑問をユウヒがぶつける。
 ジンはそれを受け入れた上でまた先を続けた。

「だからこそだ。得体の知れないもんへの恐怖ってのかねぇ…わかんねぇから恐れてる。で、連中何を考えたかっていうと…まぁ言い方は悪いんだが得体の知れないもんに対抗できるのは、得体の知れねぇ輩だろう、って事だ。表立ってそう宣言したとかいうわけでもないんだが、いざって時に助けてもらえるかもしれないってんで、人間達は人外の民族に対して強く出られねぇんだな」

 そう言ってジンとサクが顔を見合わせて苦笑する。

「まぁだからってそういった民族が皆のさばっているってわけではないんですが、勝手にその人達を当てにしている人間達の方は黄龍の事さえなければ人外の輩をこんな風にのさばらせたりはしないのに…みたいな妙な反発がありましてねぇ」

 サクが呆れたように言葉を吐き出すと、ユウヒは怒ったような口調で言い返した。

「何それ? 勝手に期待しておいて、勝手に反感持って…ずいぶんひどいんじゃない?」
「ひどいですね。でも表面上あの地域は人間以外の民族に寛容なように見えているけど、おそらく王都以上に白州は反妖感情が強いと思われます。何かもめごとが起こったら、まず人外を排斥する側に回ろうとするでしょうね」

 サクの言葉は淡々としていた。

「そんなっ!」

「但し…」

 落胆の声をあげるユウヒの言葉を、ジンが遮った。

「但し、その人外の連中をとりまとめるような存在が現れたとしたら、また話は別だ」

 ジンの言葉にサクも頷き、ユウヒはその二人を交互に見た。