一都四州


「…だろうな。お前は妹や友人があっち側だもんな」

 ジンが言うと、サクは溜息をついてユウヒに言った。

「忘れてたよ。そうだったね、ユウヒはあっちに…うん。まぁなるべくそういう事態にならないようにはするけど、いざって時には…」
「そこは大丈夫。ちゃんとわかってるよ」

 ユウヒはそう答えたが、その表情は暗かった。

「何にしても、蒼月がいない事にはどうにもならない。なんで見つからないんでしょうね?」
「俺が知るか! やる事はやってるつもりだぞ」

 腹立たしげにこぼしたサクにジンが答え、ユウヒは何となく顔を上げられないでいた。

 ジンはユウヒが蒼月だと知っているが、サクにはまだその正体を明かしてはいない。
 いっそこの場で全部言ってしまえたらどんなに楽だろうかと思うと、ユウヒは何も言うことができなくなった。
 ただ、短い期間でもサクと一緒に過ごした事で、ジンがサクには伏せておけと言ったのも何となくわかったような気はしていた。

 意外に気の短いサクだが、それによって失敗をするような事は考えられない。
 かといってサクは王宮内でもより中央に近い部分で動いている。
 あらゆる可能性に対応できるように、自由な発想で手を尽しているサクの思考の範囲を、ジンは狭めたくないと思っているのだ。
 もちろんそれは、ユウヒが蒼月だと知った途端に冷静な判断ができなくなるような人間ではないと、ジンがサクを認めているからこその事だ。
 これから先「その時」が来た際に、その時点でより的確な指示をサクが出せるようにと、ジンは今、サクを自由にしておきたいというのだろう。
 漆黒の翼として動くジン達の信頼関係は絶対のものだった。

 ユウヒの口から小さく溜息が漏れた。
 ジンの言うことは理解できるものの、やはり側にいて正体を明かさないでいる事はユウヒには相当つらい。

「どうした?」

 ユウヒの様子に気付いたサクが声をかけてきた。

「ううん、なんでもない。ねぇ、それぞれの州の事情…っていうの、もっと話を聞かせてくれない? 青州はわかったけど、それ以外の…」

 ユウヒがそう言うと、ジンとサクは驚いたように顔を見合わせた。

「二人はいろいろな事情を知ってる。私は風の民だったから、この国の中でもいろんなところを渡り歩いたよ。それとなく事情は見聞きしてきたつもりだけど、二人とは視点が違いすぎる。私は二人みたいに、この国を…その…上から見たこと、ないもの」
「上から?」

 問い返すサクの言葉に、ジンがにやりと笑う。
 ユウヒは構わず言葉を継いだ。

「ちょっと言葉が変よね。でもどう言ったらいいのか…それぞれの州の事情とか、あるじゃない? 私はそこに住んでいる人達の視点でしか物事を見ていないから、どこがどう動きそうだとか見当も付かない。そりゃ指示された通りに動いていればそれでいいのかもしれないけれど、それじゃ…」
「それじゃ、何?」

 サクがまた問い返すと、ユウヒは顔を上げ、しっかりとした口調で答えた。

「指示がおかしいと思っても、自分で判断できない。そりゃ私は羽根だから、ジンの言われた通りに動きゃいいのかもしれないけど、自分は間違ってないって自信が持てないとできない仕事だって中にはあるもの。たかだか羽根でしかない私がそこまで望むのは欲張りすぎ?」

 どう返したものかとサクが言葉を探していると、ジンが横から口を挿んだ。

「サク、どうなんだ? こいつを使ってる翼は俺だ。俺はこいつに全部教えてやっても構わないと思ってる。お前はどうだ? お前がその必要がないと言うんなら、俺はそれに従うしかねぇ。サク、お前はどう思ってんだ?」

 不意に話を振られてサクがごほんと一つ咳をする。

「俺は…」

 サクはユウヒとジンを順に見つめると、溜息混じりに口を開いた。

「俺はそれとわかって羽根と話すのも初めてだし、他の翼がどうしてるかってのも知らない。だから一概には言えないけど、ユウヒなら大丈夫じゃないかと思う。逆に知っておいてくれた方が、これから先も話が早い。城でいつも近くにいるからね…ジン、ユウヒに話してもらえますか?」
「俺が話すのかよ?」
「えぇ。俺、もう随分飲んでるから。話してもいいですけど、たぶん語るよ?」

 酔いが進むとサクが饒舌になるのを思い出し、ジンは苦笑して頷くと、ユウヒの方に意思を確認するかのように視線を投げた。
 ユウヒがそれに応えて頷くと、ジンはめんどくさそうに椅子を地図の方まで少し動かして座り、新しい煙草に火を点けた。

「そういう事だ。じゃ、めんどくせぇけど話すぞ、ユウヒ。ちゃんと聞いておけよ?」
「うん。ありがとう」

 そう言って、ユウヒは興味深げに壁の地図に目をやった。
 ジンは煙草の煙を吐き出しながらユウヒを見つめると、おもむろに話し始めた。