風変わりな掛け軸だと思っていたそれは、やはりこういう時のための地図だったのかとユウヒは妙に納得してジンの方を見つめていた。
そのジンはと言うと、いつものように銜え煙草だがその顔に薄笑いは浮かんでおらず、自然とユウヒも身の引き締まる思いでジンの話に耳を傾けていた。
「お前らがいるライジ・クジャを中心とする王都と呼ばれる地域、ここいらにはまだそう目立った動きは見られねぇ。で、偽王だなんだっつぅ動きが一番でかそうなのがここ…」
「青州ですか…」
サクが言うと、ユウヒが首を傾げてつぶやいた。
「せいしゅう? …あぁ、青州ね。はいはい、思い出した。郷塾でやったかもしんない」
ユウヒがぺろりと小さく舌を出して頭を掻くと、ジンとサクは顔を見合わせて溜息をついた。
クジャ王国は、王都を中心に東の青州、西の白州、南の赤州、北の黒州に分かれ、それぞれがその州都を中心に自治を行っている。
州都の名前はその方角を司る四神の名前が付いており、もちろんそれぞれの州が独自の軍も備えている。
サクは壁にかかった地図を、睨みつけるような厳しい表情で見つめていた。
「で、青洲のその動きと言うのは、どれほどのものなんです?」
サクがたずねると、ジンもやはり厳しい表情で口を開いた。
「青洲は背後に守護の森を抱えているからな。王都を含む五つの州の中でも一番人間以外の種族の割合が高い。だが、あそこは上手いこと多種族の共存を果たしてる…青主ができる奴だからな。今回の事態でも、まず一番最初に動いたのも青主だ」
「すでに動いた、って事ですね?」
確認するようにサクが言うと、ジンは頷いてまた話を続けた。
「あぁ。元々あそこの青主は異民族だからと言って迫害するようなやり方には反対してたんだ。噂に突き動かされて今の世に疑問を持ち始めた輩を取り締まったりするはずがない。州をあげて、その保護に乗り出した。もちろん王都に反旗を翻すような真似はしていないが…」
「何か動きがあれば青州軍はこっちにつくっていうことですか」
「あればの話だけどな。その可能性はなくはない」
ジンは地図上の青洲の州都、セイリュウの位置を指でとんとんと叩き、サクとユウヒの方に改めて向き直った。
「噂が広がっていく中で明確に態度を示したのは今んとこ青州だけだ。あとの三州はまだ静観してる…というか、下手すりゃ禁軍が出張ってきかねない問題だからな。あまり目立つような事をしてもロクな事がねぇってなとこだろう。かといって、真の王がどうこうってぇ動きを抑え込むような事はしてねぇ」
「生け贄や何かが必要な現状に、疑問を持ってるのは庶民だけじゃないってこと?」
ユウヒが口を挿むと、ジンとサクが二人揃って頷いた。
「そういう事になるだろうね。こんな事態にでもならなきゃ知りようがない事だ」
「まぁな。王都はもちろん激しく弾圧しにかかるだろう。そうなったら他の三州もそっちに倣う可能性は高い」
「え? 青洲を焚き付けて内紛でも起こそうっていうの?」
ユウヒが心配そうに言うと、サクは苦笑しながらユウヒに言った。
「蒼月がいない状態で内紛も何もないでしょう。負けは目に見えてるし…それに、できれば…そういう荒っぽい交渉にはしたくないんですよね」
サクがジンの方を見てその先を促すと、ジンは短くなった煙草を灰皿に揉み消して、無精ひげの生えた顎を指でいじりながらユウヒの隣に腰を下ろした。
ユウヒはジンの腕を掴んで言った。
「じゃ…蒼月がいたらそうするって言うの? どうするつもりなの?」
その手が微かに震えている事は、腕を掴まれているジンにしかわからない。
ジンはユウヒの震える手に自分の手を添えて、穏やかに言った。
「お前はどうしたい?」
その言葉にサクが訝しげにジンを見る。
ジンはその視線を気にする様子もなく、ただユウヒの答えを待っていた。
「私は…」
ジンの腕を掴んだユウヒの手に力が籠もる。
その手を包み込むように置かれたジンの手はとても温かく、その温もりがユウヒの事を不思議なくらい安心させてくれた。
少しずつ、ユウヒの手の震えが止まっていく。
「私はもちろんジンやサクの指示に従うよ。だけど…できればやっぱり、剣を交えての交渉ってのは避けたいと思ってる」
やっと気持ちが落ち着いて、ユウヒは当たり障りの無い言葉を口にした。