不動産担保ローン 会計事務所 7.心の支え

心の支え


「あれ? 店はもういいの?」

 思いのほか戻るのが早いユウヒにサクが声をかけると、ユウヒは店の方を睨み、吐き捨てるように言った。

「あのおっさんのつまんない嘘で、出るに出られなくなっちゃったの」

 サクは不思議そうな顔でその言葉を聞いていた。
 するとそこへ店に出たはずのジンがひょっこり顔を覗かせた。

「おい…お前が出ないとなったらあっという間に客がひけちまったぞ。今日はこれで店を閉めるから、もう少しここで待っててくれ」
「わかりました」

 サクが返事をすると、ジンはひょいっと手を上げて、また店の方へ姿を消した。
 ユウヒはジンの方を見ようともしなかったが、今日一日中様子のおかしかったサクがいつものように落ち着いているのに気付きその顔に笑みを浮かべた。

「どうした?」

 一人で笑っているユウヒにサクが不思議そうに声をかけると、ユウヒはサクに向かって微笑みかけていった。

「なんか、やっといつものサクだね」
「そう?」

 特に何か気にする風でもなく、サクは料理を摘まみ、酒を美味そうに飲みながら言った。

「いや、何かユウヒは…話しやすいね。何だろう、気持ちよくいろいろ話せるっていうか…聞き出そうとするでもないし、何かいろいろ言ってくるでもないし」
「サク?」
「おかげでなんか楽になったかも。ありがとう、ユウヒ」

 挨拶をする時と同じような表情で、普通に感謝の言葉を口にするサクが意外で、ユウヒは何となく言葉を失ってしまった。
 サクは気が紛れたのか本格的に食欲が戻ってきたらしく、なかなかなくならなかった料理が嘘のように減っている。
 ユウヒは食いっぱぐれては大変だと、急いでサクの向かい側に座り直して、自分も料理にありついた。
 そこからあとは、普段と変わらない世間話。
 笑いあいながら話をする二人の所に、大急ぎで店を閉めてきたジンが合流した。

「遅くなってすまん」

 新たに持ってきた五本の酒瓶を音を立てて卓の上に無造作におくと、ついっと横に動いたユウヒの隣にジンが腰をおろした。
 あいかわらず何か言いたげではあったが、公私を混同しないユウヒらしい態度にジンは思わず笑みをこぼした。

「さて、まずは一杯もらっていいか? それからすぐに話に入るが?」

 手酌で自分の茶碗に酒を注ぎ、ついでにユウヒとサクの方にも注ぎいれる。
 お疲れ様と小さく言ったユウヒの方に器をわずかに掲げてから、ジンは美味そうに酒を一気に飲み干した。
 あきれたように見つめるユウヒをよそに、何食わぬ顔で二杯目の酒を注ぐと、ジンはおもむろに口を開いた。

「いきなりでなんだが…ある旅の一座の噂を聞いたことはあるか?」

 ユウヒはすぐに女中や女官達の話を思い出した。
 ジンの言葉にユウヒとサクが目配せして頷くと、ジンは酒で喉を潤し、また話を続けた。

「サクには連絡したんだが…ユウヒも知っているなら話は早い。風の民の一座でな、いくつかの集団に分かれて国のあちこちで公演を行っているらしいんだが…これが思った以上に影響がでかいらしくてな」
「影響、ですか?」

 サクが聞き返すと、ジンは頷いて言った。

「そうだ。他の時期ならまだしも新王の即位を目前に控えている今だからな、特にそういう動きになってしまったんだと考えられる。早い話が、偽王を即位させること罷りならんとか何とか…そういう事だ」
「へぇ…これはまた…」
「偽王、ねぇ。今までだってずっとそうして来たのに」

 サクとユウヒがそう言うと、ジンは思わず苦笑して言った。

「まぁな…今さらって言ってしまえばそうなんだが…結局みんな心の内のどっかで疑問に思っていたり、罪悪感みたいなもん抱えてたりしたんだろうな。火種はあちこちにあったってことだ。そこへ例の旅の一座が追い風になったというか、旋風を巻き起こしたというか」

 困ったように首の後ろをさすりながら話すジンに向かって、ユウヒは慎重に言葉を選びながら言った。

「思ってた以上に飛び火してるって事だね? そんなひどい大火事になりそうなの?」

 ユウヒの言葉にサクがジンの反応を窺うように見つめる。
 ジンは煙草に火を点け、煙を吐き出してから言った。

「いずれは大火事になるだろうな。内容が内容だ。人外の民達にしてみれば、蒼月の存在は心の拠り所みてぇなもんだからな。だが今回はそれに人間達も乗っかってきてる。問題はそこだ」
「城が動くってことですか?」

 サクが問い返すと、ジンはすぐ様返事をした。

「動くだろうな。その一座の中心となってるらしい集団が都に入ったと聞いている。もしも今の段階で大臣連中が知らなかったとしても、耳に入るのは時間の問題だ」
「だったらすぐじゃないの? 私はその話、女官達から聞いたの。尤も…そんな動きがどうとか言う話じゃなくって、主人公やってる役者がどうとか、そんなんだけどね」
「俺は聞いたことないぞ?」

 サクが困惑気味に漏らすと、ユウヒは呆れたように言った。

「興味ないから耳ん中通り過ぎてるだけよ、きっと。それか…そんな雑談、こわくてサクの周りじゃできない、とか。そういう事でしょ」

 考え込むような素振りを見せるサクに、ジンは笑いを堪えながらも話を先に進めた。

「一座の連中も、いろいろ考えてるんだろうな。大々的に宣伝をするでもない。公演は不定期だし、その場所も日によって違う。とは言え、城の奴らだって馬鹿じゃない。都に来ているとわかっている以上、形振り構わず虱潰しにあたって…まぁ逃がすことはないだろうな」
「そうなるでしょうね」

 突然真面目な顔で話に入ったサクに、ユウヒがふき出しそうなりながら大げさに頷いて見せると、ジンもサクの方を見て頷いた。

「いずれにせよ、遅かれ早かれ国が動き出すぞ。俺達はまだ様子見だが、状況だけは見誤らないようにしておかねぇと…今までの全部が無駄になりかねん」

 ジンは壁にかかっている地図に目をやると、煙草を指で弾いて灰皿に長くなった灰を落としてから立ち上がった。

「二人とも、よく聞いておいてくれ」

 サクとユウヒが何事かと見つめると、ジンは煙が沁みた目を細めながら静かに話し始めた。