心の支え


「面白い事言うね」
「そう? 普通じゃない?」
「だって会えなかったって話をしてるのに、今一緒にいなくていつ…って」
「直接顔を見ていることだけが、一緒にいるってことでもないでしょ? 違うの?」
「いや、俺もそう思う。だからびっくりした」

 驚いたという返事はどうも言葉が違うような気がしたユウヒだったが、なぜか表情も穏やかになったサクは、そのとりまく空気すら柔らかく変わったように見えた。
 いったい自分の言葉のどこにそんな力があったのかはわからなかったが、ユウヒは思ったことはすべて言ってみようと思い、また口を開いた。

「あのさ、サク。自分が男だからって、相手に何かしてあげる事ばかり考えてちゃだめだよ?」
「どういうこと?」
「いや、男だって幸せにして欲しいじゃん! っとか、思わない?」
「なんだそりゃ。でもまぁ、まったくだよな、本当にそうだよ」

 むきになってそう言うサクがおかしくて、ユウヒは思わず笑みを浮かべた。

「まぁサクの言葉も足りなかったんじゃないのかなっとは思うけどね、私」
「そんな事ないだろ」
「あるかもよ? だいたい頭の回転速すぎて、言葉がこう…端的過ぎるというか、ねぇ」
「そんなのいつもの事だよ、わかれよって思わない?」

 少しムッとしたようにサクが言うと、ユウヒは笑いながら答えた。

「その人にしてみれば、わかんねぇよって言いたいかもよ?」
「なんでよ? わかる奴だっているじゃん。ユウヒだってわかるでしょ?」
「私がわかったって仕方がないじゃない、馬鹿だねぇ」
「まぁ、そうなんだけどさ」

 サクは不満そうにそう言うと、箸を手にやっと料理を口にした。
 食欲が出てきたのなら少しは元気も出てきたのかもしれないと、ユウヒは安心してそれを見ていたが、サクは一口だけ口に運んで食べるのをやめてしまった。

「どした? お腹空いてないの?」
「いや、なんか話をしたら急激に腹が減ってきたんだけど、これ…冷めてる…」

 ぼそっというサクに、ユウヒは笑いながら立ち上がって言った。

「あんたがいじけてて今まで食べなかったからでしょうが! ジンに温めなおしてもらってくるから、酒飲んでつないでなさい!!」

 そう言うとユウヒは料理の盛られた皿を4枚、両手で器用に持って奥の部屋を出て行った。
 料理場に入ると、ジンが不思議そうな顔でユウヒに声をかけてきた。

「どうした? 全然食ってねぇじゃねぇか」
「うん…ちょっとね。サクの話を聞いてたもんで。これ、温めなおしてよ、ジン」
「はぁあ!? 野菜に火が通り過ぎて味が落ちるぞ?」
「うー、そうなんだけどさ。サクが冷めてるとか言うんだもん」
「なんだそりゃ? まぁいい、こっちに貸せ」

 ジンに言われてユウヒは一品ずつジンに皿を渡した。
 文句を言ってはいても、何か事情があったのだということは言わなくてもジンはいつもわかってくれた。
 だがこの時は何となく、ユウヒはそれを口に出して言ってみたくなった。

「ねぇ、ジン」
「んー?」

 野菜を炒める音がやかましく響く中、ぶっきらぼうにジンが返事をする。
 ユウヒは邪魔にならない程度にすぐ近くに立って、また口を開いた。

「ジンはさ、すごくいろんな事わかってくれるよね。それにいろいろ気が付くし、料理まで上手なのに何で独り者なの?」
「はあ?」

 全体的に温まったところでそれを皿に戻し、洗い場で軽く鍋を濯ぐと水気をささっと拭いて油を敷き、次の料理を鍋に移す。
 汁気の多かったその料理は豪快に音を立てて鍋の中に滑り込んだ。

「お前、何いきなりそんな事聞いてんだ?」
「いや、忙しくってそんな時間なかったのかなぁ〜っとか、思ったりしてさ」
「ほぉ〜」
「それにジン、そんなかっこ悪いおっさんでもないじゃない? 女の人にもてないって事もなさそうなのになぁって」
「うるっせぇんだよ、余計なお世話だ」

 銜え煙草で鍋を器用に操り、また料理を皿に戻す。
 煙草を手に持って、その手で料理を早く持っていくようにとユウヒに指示を出すと、ジンはまたその鍋を濯ぐのに洗い場に歩み寄った。
 料理を手に調理場を出ていったユウヒは、奥の部屋のサクに料理を届けるとすぐにまた調理場に戻ってきた。

「サクが料理美味しいってさ!」
「当たり前だ! 出来立てで食えばもっとうまかったのに」

 不満そうにジンが言うと、ユウヒがそれをなだめるようにジンに言った。

「ちょっと考え事してたらしくってさ、食欲なかったみたいよ、さっきまで」
「さっきまで? じゃ今はもう元気だってことか。なんだよ、それ」
「いろいろあんのよ。でも話して楽になったんじゃないの?」
「話した? 誰が?」
「サクが! ほら、もうあと残り一つ! 早くあっためてよ」
「今やってる! うるっせぇ女だなぁ、ホント」

 そう言いながらジンはまた薄笑いを浮かべていた。
 最後にあたためた料理はサクが好きな薄味仕立ての、あの料理だった。
 いい匂いの湯気にまかれながら、ジンは最後の料理を皿に戻した。

「ほら、持っていけ」
「ありがとう、ジン」

 ユウヒはそう言ってジンの肩を一発ばしっと叩き、皿を持って調理場を出て行った。
 その後ろ姿を作業台に寄りかかりながら見送ったジンは、笑みを浮かべた顔を歪めて言うともなしにつぶやいた。

「へぇ〜、あのサクが自分の事を話したとはねぇ…こりゃ驚きだわ」

 ジンは味噌のついた鍋を洗い場の桶に無造作に突っ込むと、空いた皿をさげるために店の方へと足を向けた。

 片付けをしているジンを見つけて、常連客があちらこちらから声をかけてきた。
 話題は決まってユウヒの事で、せっかく帰ってきたのに店に出てこない理由はなんだとジンに詰め寄ってくる。
 ジンはいつもの薄笑いの顔をして、俺が知るかと言って相手にしなかった。
 しかし当然の事ながら、ユウヒに会いたがっている連中にそんな態度で納得をしてもらえるはずもなく、ジンは仕方なく客達に向かって言った。

「今あいつは城に仕えてんだ。剣舞だって今度新王が即位するって時に奉納するとかいう話になってるらしい。勝手にどうこうできるもんでもねぇんだろうよ」

 王という言葉が出てきて、さすがの客達の勢いも鎮まっていく。

「悪ぃな。今日も何だか話があるとかでここへ来たんだ。店には出さねぇよ」

 片付けの手を休めることなくそう言ったジンの言葉に、店の中には落胆の溜息が広がった。

「そういう事なら、仕方がないか…」
「だな…寂しいけどさ。王に許しうんぬんって話になっちゃぁな、俺達庶民にはどうする事もできねぇよなぁ」
「妙な騒ぎになっても面倒だ。ここは諦めるしかねぇか」

 久しぶりに見たユウヒの顔に、また以前のように話ができるかと思っていた常連客達は、次々に勘定を済ませて店を出て行った。
 持ちきれなくなった皿を片付けに、一旦ジンが調理場へひき上げると、そこには腕を組んだユウヒが不機嫌そうにジンの事を待っていた。
 ジンはその姿を見てふんと鼻で笑うと、ユウヒの横を通り過ぎ洗い場に立ち、持ってきた皿を軽く濯いでから丁寧に洗い桶の中に沈めた。

「ちょっと…なんであんな嘘言うのよ? 私、ちょっと店に顔出そうと思って抜けてきたのに、あんなでたらめのせいで出損ねちゃったじゃない」

 また店に戻ろうとするジンに向かってユウヒが声をかけた。
 ジンの返事は言い訳でも何でもない言葉だった。

「いいからお前はサクのところにいてやれ」
「そのサクから顔出さないでいいのかって言われたの!」
「じゃー出さねぇでいいから戻れっつわれたって言え。あいつの話を聞いてやれよ」

 ジンはそう言うだけ言って、また店内に戻ってしまった。
 ユウヒは納得のいかないまま、奥の部屋へと戻っていった。