心の支え


「はい、サク」

 声をかけてユウヒが皿を差し出すと、サクはそれを受け取り、自分の前に静かに置いた。
 ユウヒは自分の皿に取った料理を食べながら少しだけサクの様子を見ていたが、何かを話し出しそうな様子は全く見られない。
 箸を置いて酒で口の中の料理を喉の奥に追いやると、ユウヒはまた話を始めた。

「えっと、何の話をしてたんだか…あぁ、私とスマルか。うーん、あいつは私の幼馴染みなんだけど、何て言うんだろうな。引き合いに出しちゃ悪いけど、シムザとリンみたいのを見てるとさ、私は恵まれてるよなぁって思っちゃうんだよね」

 サクは全く興味を示さないだろうと思いながら話を進めたユウヒだったが、サクは思ったよりもしっかりと話を聞いてくれているようだった。
 煙草を吸い、酒を口に運び、時折思い出したように料理を口にする。
 やはりまだ黙ったままだったが、それでも耳を傾けてくれているならと、ユウヒは先を続けた。

「自分の事をさ、わかってくれてる人がいるってのは嬉しいもんだよ、やっぱり。今みたいにいっぱいいっぱいの時には特に、スマルがいて良かったなぁって思うもん。あいつがこっちを同じように思ってるかって話になると、そこはまたちょっと難しいんだけどねぇ…」

 この話になると、やはりユウヒは蒼月楼での出来事を思い出してしまう。
 スマルの想いをわかっていて、それでもなおそれまでと同じように接している自分と、スマルはどんな気持ちで接しているのだろうか…ユウヒはそれを思うと罪悪感ではないが気分がずんと重たくなるのだ。
 それでもスマルはユウヒの側で、ユウヒを支え続けている。
 ユウヒにとっても、スマルは特別だったが、その感情の種類はと問われると答えに詰まってしまうのは、やはり二人の距離が近すぎるからなのだろう。

「ホント、あいつには感謝してるよ」

 ユウヒはそう小さくつぶやいて、納まりきらない自分の気持ちを何となくごまかした。

「わかってくれてるって、やっぱりそれはいつも一緒にいるから?」
「え?」

 唐突にサクに訊かれ、ユウヒは思わず聞き返した。

「いや、一緒にいなかったら、わかんないよなぁって思ったから」

 そう言って頬杖をついたサクが、もう一方の手で髪の毛を弄りだした。
 ユウヒはそれに気付いていたが、何を考えているのかには触れずにサクの言葉に答えた。

「いや、私は風の民だったからホムラの祭の時期以外はあいつの側にはいなかったんだよね。まったく、なんでわかってもらえてるんだか…」
「でもユウヒだって、スマルの事をわかってるように思えるけど…違う?」
「う〜ん、わかってるっていうか…あいつだったらどうかなって思って行動してるというか…そんな本当に理解してるかどうかはあやしいね。私の自己満足かもしれないし」

 何となくユウヒは、サクが自分の事を話しているのだろうと思い始めていた。
 自分の言葉でサクをどうにかできるだろうとは思ってはいなかったが、やはり様子がおかしいのがどうしても気になったユウヒは、そのまま構わず話し続けた。
 スマルを始め友人達の事や家族の事、身の回りの話から思い出話。
 話を続ける中、サクが小さくぽろりとこぼした。

「なんか…面白いね。ユウヒ、なんでそんなに自分の事、会ってまだ間もない俺に話せんの?」
「え?」
「いや、なんか俺にはできないっていうかさ。自分の事を言いたがらない人ってのはよくいるけど、ユウヒは違うなぁって…」
「あぁ、そういうことか。そうでもないよ。言えない事はいくら話が盛り上がったって絶対口にしないし、隠し事だっていっぱいあるよ、私にだってさ」
「そうなの?」
「そりゃそうでしょ。でも絶対にこれは言えないなって事以外はさ、別に知られてもねぇ…逆にこっちの事わかってもらえた方があとでいろいろ楽じゃない?」

 ユウヒの言葉を聞きながら、少しずつ、舐めるように酒を飲んでいるサクは、しきりに何かを考えている様子だった。

「話すだけ話してそれで受け入れられなければ、まぁその程度の付き合いをすりゃいいんだし…全ての人とうまくやれるわけないんだしさ。かっこつけても仕方がないけど変に取り繕ってもボロは出るもん、どう思われようが自分は自分でしかないから。だから自分の事を話すの、こわくないのかもね。自分を良く思われたいとか、あまり考えないからさ、私」
「ふぅ〜ん…」

 気のない返事がサクの口から漏れる。
 ユウヒは料理を時々摘まみながら、その後もいろいろな話をし続けた。
 たまにサクの様子を窺って話を止めたりしてみたが、サクが先を気にするように顔を上げたり首を傾げたりしていたので、ユウヒはそのまま話を続けた。

「しかし驚いたよ。王宮とか城なんていうからさ、そこにいる人達はさぞ優雅な生活を送ってることだろうって思ってたのに。なんだかそういうのは一部の人達だけで、皆けっこう忙しいのね」

 そう言った時、サクの顔色が少し変わったようにユウヒには思えた。
 何か違う話題にした方が良さそうだと思ったその時、今度はサクの方が口を開いた。

「やっぱりそう思われてるんだな。まぁ、無理もないんだろうけど…」

 溜息混じりにそう言ったサクは、新しい煙草に火を点けて、その煙をゆっくりと天井に向かって吐き出した。

「うん。すごく雅なゆったりとした世界だと思ってたよ、私。でもまぁ考えてみれば政の中心でもあるんだからね。やっぱり役人の人達とかが忙しいのは当たり前っちゃ当たり前よね。サクはちょっと忙しすぎな気がしないでもないけど」

 ユウヒがそう言って酒瓶を手にして、サクの茶碗に酒を注ぎ足す。
 サクは手をちょんと上げて礼を言って、その酒をまたちびちびと飲み始めた。

「大変だと思うよ。少し手伝っただけだけどさ、大変な仕事をしてると思う。でもやっぱり忙しすぎ。ジン達との事もあるにしてもさ、働きすぎ」
「…だよな。おかげで…愛想つかされて逃げられちゃったよ」

 サクがこぼしたその言葉に、ユウヒは思わず固まってしまった。

「え…?」

 ただこれがその日一日サクの様子がおかしかった原因なのだと思ったユウヒは、やっと吐き出し始めたサクの話を止めたくないと感じて、どうにか言葉を継いだ。

「それって…恋人、さん?」
「まぁね。仕事がずっと忙しくて…ってそれは知ってるか。なんかどうも、一緒にいる時間がなかなか取れなくて、それで…」
「なんでっ!?」

 ユウヒに突然大きな声で聞かれて、サクは思わず驚いて飲んでいた酒をふき出しそうになって派手に咳き込んだ。

「なんで、って…そりゃぁ…」
「だってさ、こんなに忙しいんだよ? 今一緒にいなくていつ一緒にいんのよ? こんな時に離れていっちゃうなんて、その人もどうかしてる」
「え…?」

 今度はサクの動きが止まった。
 ユウヒはそれに構わず言葉を続けた。

「サク見てればさ、その人の事どれだけ大切にしてたかってだいたい想像つくじゃない。サクのことだからこんなに大変で疲れてる時でもきっと、空いてる時間のほとんどはその人との時間に充てていたんじゃないの? それなのにさ、あんまりじゃない…って、知りもしない人の事、悪く言うのもどうかとは思うけどさ」

 少し言い過ぎたような気がしたユウヒは、おそるおそるサクの方に目をやった。
 サクは何を考えているのか、呆気にとられたようにユウヒの方を見つめ、ぽかんと口を開けたままで全く動かない。
 ユウヒは慌てて付け加えた。

「あー、ごめん。知った風な口きいて」

 ユウヒはばつが悪そうに茶碗に残っていた酒を飲み干し、手酌でまた酒を半分ほど注いだ。
 何か思うところがあったのか、サクは微かにその表情に笑みを浮かべたように見えた。
 それを見た上で、ユウヒはまた口を開いた。

「こんなに頑張ってる時なんだからさぁ、離れてったりしないで支えてあげてて欲しかったなぁ…っとか、思っただけ。時間は少なかったかもしれないけどさ、会えなくっても自分が支えになってるって、その人は思わなかったのかな」

 ユウヒがそう言うと、サクも手酌の酒を飲みながら口を開いた。