心の支え


「洗うよ、これ」
「お? おぉ、悪いな」

 調理する手を休めることなく、ユウヒに返事をしたジンは、炒めた肉と野菜を味噌で少し辛めに味付けした料理をどんと豪快に皿に盛った。

「あ、やっぱそっちはいい。ユウヒ、これサクのところに持ってってやれ」
「わかった。お酒は?」
「俺が持ってってやる」
「うん」

 ユウヒはジンの側に寄り、ジンがしている前掛けで手を拭くと、良い匂いのする出来たての料理が盛られた皿を受け取った。

「多くない?」
「いいんだよ、これで。あいつは食うぞ?」
「みたいだね。今日の昼も驚いたよ」
「なんだ、昼も一緒だったのか?」

 意外そうに言うジンにユウヒが笑って頷いた。

「そう、呼び出されてね。ジンが手紙よこしたからでしょ? だから今日ここに来たんだし」
「あぁ、そうだったな。ほれ、早く持ってけ!」
「はいはい」

 尻をぽんと叩かれ、ユウヒはジンを睨みつけてからサクのいる奥の部屋へと向かった。
 そこではサクがゆったりと煙草の煙を燻らせながら、ただぼんやりと物思いに耽っていた。

 ――サク?

 ユウヒは何となく声をかけそびれ、静かに部屋の中へと入っていった。
 机の上に料理を置くと、サクがびくっとその身を震わせてユウヒの方へと視線を向けた。

「うまそうな匂い…」
「ね。先に食べててくれる? 私ちょっとジンの手伝いしてくるから」
「いいよ。全部食べちゃったらごめんね」

 そう言っている先から、サクはその料理に箸をつけていた。

 ――様子が変だと思ったんだけど…気のせいかな?

 ユウヒは奥の部屋を出る際にもう一度振り返ってサクを見てみた。
 どこがどうとは言えないが、やはりどこか様子がおかしいとユウヒは思った。
 小さく息を吐いてユウヒが廊下に出ると、酒瓶3本と茶碗2個を持ったジンが咥え煙草で立っていた。

「あいつがどうかしたのか?」

 そう聞いてきたジンにユウヒは首を振って応えた。

「ふぅ〜ん…」

 ジンは小さくそう言って奥の部屋に酒を持って入っていき、ユウヒはそのまま調理場に戻った。
 ユウヒがまた洗い場に入り、がしゃがしゃと音を立てて皿を洗っていると、戻ってきたジンがそのすぐ横に立った。

「おい、皿割るなよ? がしゃがしゃがしゃがしゃ音立てて…もっと丁寧に洗え」
「はいはい」
「で? なんだ、俺に話ってのは…」
「うん。ちょい耳貸して」
「ぁあ?」

 ユウヒに言われ、ジンが少し背を丸くして屈みユウヒの方に体を傾ける。
 その耳元でユウヒは小さく話し始めた。

「朱雀に伝えてもらったような状況なんだけど、実は即位前に祠へ籠るそれまでには戻るからって、リンが郷に帰りたがってるらしいんだよ」

 ユウヒの髪の毛に触れそうになった煙草の火を、ジンが近くにこぼれていた水で消した。
 黙ったままで話を聞いているジンに、ユウヒはそのまま話を続けた。

「リンはどうやら本当の事を知ってるらしくてさ、今体調を崩してるの。気の病ってやつかな? その療養って事らしいんだけど…本当にそれだけなのかはわからない。まだリンとは話をしてないんだよ。でもね、前にカナンと話した時にさ、事が起こる前にリンをホムラに帰したいって言っちゃったんだよね、私。それでこうなったなら、何か動いた方がいいのかなって思って…」

 ユウヒがジンから離れてまた皿をがしゃがしゃと派手に洗い始めた。
 ジンはそのユウヒの様子をちらりと横目で確認してから、さっき消した煙草を灰皿がわりの皿に捨て、煙草が浸かって茶色く変色した水は鍋一杯分の水で豪快にざざっと流した。
 肩凝りがひどいのか、肩に手をやり首の筋を伸ばすと、ジンはまた新しい煙草に火をつけてユウヒの隣に立って口を開いた。

「動くって何をするつもりだよ。頭挿げ替えるだけじゃ意味ねぇんだよ、それじゃ何も変わらねぇし変えられねぇ。お前はおとなしく剣振り回してりゃいいさ」

 ユウヒの動きが止まり、呆れたようにぽかんとしてその表情まで固まっている。
 ジンは煙草を持ったその手の親指でこめかみの辺りをぼりぼりと掻きながら、交代しろというように洗い場のユウヒをどんと脇に押しのけた。
 よろめくように退いたユウヒに声すらかけず、ジンは料理を盛り付ける大皿から順に黙々と洗い上げていった。

「…それでいいの?」

 戸惑ったようにユウヒがつぶやくと、ジンは一瞬その手を止めたが、すぐにまた皿を濯ぎ始めた。

「いいもなんも…やり様がねぇだろ」
「そうなんだけど…」

 ユウヒが下を向いて黙り込むと、今度はジンも皿を洗うのをやめてユウヒの方を向いて言った。

「妹が動いたからって準備も何もなしに動けるか? こっちの状況は何も変わってねぇ、違うか?」

 ジンがぴしゃりとそう言うと、ユウヒも首を振ってそれに答えた。

「…違わない」

 それでも俯いたままのユウヒの頭を、ジンが前掛け簡単に水気を取ったその手でぽんぽんと宥めるように叩いた。

「焦んな、ユウヒ。大丈夫だから。話はそれだけか?」
「うん」
「ならサクヤのところに戻れ」

 ジンがユウヒの肩に手を置いてぐいっと押してやると、ユウヒは押し出されるように歩き出し、そのまま調理場を出て行った。