美容歯科 税理士 求人 7.心の支え

心の支え


 クジャ王国の港町、カンタ・クジャ。
 そのはずれにある酒場の店先に、見事な毛並みをした騎獣が二頭、ゆっくりと降り立った。

 この店は季節を問わずいつも賑やかで、混み始めた店内からその喧噪が店の前の通りにまで漏れ聞こえてきている。
 二頭の騎獣は機嫌良さそうに鼻を鳴らしているが、それに乗ってきた人間達はと言うと、何やらごたごたともめている様子だった。

「すっかり遅くなってしまった。ユウヒ、お前が遅くなるから…」
「だからごめんって言ってるでしょう? 寝過ごしちゃったんだってば。城を出てからずっと謝ってるでしょ!」
「それじゃ足りないな。よし、今日の酒代はユウヒの奢りっていうなら考えてやってもいいよ」
「何だそれ? サク! あんた結局それは言いたかっただけなんじゃないの!?」
「いやいやいや、それは気のせいだって…」
「ちょ…っ、待ちなさいよ!」

 騎獣に乗ってきたユウヒとサクは、地面に降りるなり笑いながらも言い争いを始めた。
 いや、正確には城にいる時からずっと、二人はこの調子でふざけあいながらここまでやってきたのだ。

 その声を聞きつけたのか、酒場の主がめんどくさそうに顔を出した。

「おい、うるせぇんだよ、お前ら! 人の店の前で馬鹿な言い争いしてんじゃねぇ!」
「ジン!」

 騎獣につけた手綱をすぐ横にある木にくくりつけようとしていたユウヒが嬉しそうに店主の名前を呼んだ。
 ジンはぴくりと眉尻を動かすと、その顔に薄笑いを浮かべ、口にした煙草を手に取り、その手で店の裏手を指差した。

「ユウヒ。騎獣はそこじゃねぇ。裏手に厩舎がある。そっちに繋いどけ。サク、お前もだ」

 サクは黙って頷くと、ユウヒが手にしていた手綱もよこすように言った。

「先に中入ってな。こいつら繋いだら行くから」
「そう? ありがと」

 ユウヒが素直に礼を言うと、サクはにやっと笑って歩き出しながら言った。

「いやぁ、御馳走してもらうんだからこれくらいは…」
「まだ言うか!!」

 ユウヒは苦笑しながらも、足はすでにジンの方を向いていた。
 二人のやり取りを見ていたジンが煙草の煙をゆっくりと吐き出すと、そのすぐ側までユウヒが歩み寄った。

「久しぶりだね、ジン」
「おぅ。お前もあいかわらずだな…ん? スマルはどうした? 今日はいねぇな」

 辺りをきょろきょろと見回すジンにユウヒが答える。

「あいつはちょっとホムラ様の、リンの用事で抜けられなくて…またあとで話す」
「わかった」

 二人が店の中に入ると、久しぶりに見るユウヒの姿に常連客から驚きの声が上がった。

「帰ってたのかユウヒ!」
「城を追い出されたんじゃねぇのかー?」
「馬鹿言ってんじゃないよ! そんなわけないでしょ!!」

 そう言ってあちこちからかかる声に返事をしながら店内を歩くと、ユウヒは帰ってきたのだということをあらためて実感できた。

「どうする? こっちじゃおちおち話もしてられねぇぞ?」

 ジンに問われてユウヒは肩を竦めて答えた。

「そうね。とりあえず奥の部屋使わせてもらおうかな」
「だな…ほれ、ユウヒ」

 そう言って、ジンは調理場から絞った布巾をユウヒに投げてよこした。

「何よ、これ」
「何って…台拭きだろうが。もう忘れたか?」
「違ーう! 何、自分でやれって事? 私、今日は客なんだけど」
「それがどうした!? 父さんはお前をそんな風に甘やかして育てた覚えはねぇぞ」
「誰がお父さんだよ、誰が!」

 ユウヒはそう言って笑いながら、布巾を使いやすいように畳み、奥の部屋へと入って行った。

 酒場には不釣り合いな書棚、掛け軸、全てが何も変わっていない事に安堵しながら、まだここを出てからそれほど時が経っていない事にユウヒは気付いた。

「なんだかなぁ。私、余裕ないなぁ」

 そんな独り言をつぶやきながら、ユウヒは奥の部屋の卓の上を丁寧に拭いた。

「お? 早速使われてるんだ、ユウヒ」

 使い終わった台拭きを調理場に持っていく途中、遅れて店に入ってきたサクとすれ違った。

「いいのいいの。使われるだけ使われたら、今日の分の酒代、半分くらいジンに出させてやるつもりだし」
「え? 本当に奢ってくれるの?」
「あら? 別にいいなら喜んでやめるけど?」
「いやいや、御馳走になりますって。先に座ってるからね?」

 笑いながらひょこっと奥の部屋を指差すサクに、ユウヒも笑いながらどうぞと返事をした。
 ユウヒはサクが奥の部屋に入ったのを確認してから調理場に入ると、そのまま袖まくりをして洗い場に立った。