ユウヒが思っている以上に、王宮内の女官や女中達は退屈しているようだった。
そしてそんな退屈な女官達の恰好の標的にユウヒ達二人はされていたのだ。
やっと落ち着けるはずだった風呂の中でも、ユウヒは馴染みの女中達に囲まれて、何とも居心地の悪い時間を過ごすこととなってしまった。
「ユウヒ。聞きましたよ、例の噂」
「え、何? 何の話?」
口の中にお湯が入らないように気を付けなくてはならないくらい、顎まで湯船に浸かっているユウヒに、女中達が代わる代わる声をかけてきた。
とぼけた返事をするユウヒがどうも気に入らないらしい。
何かを聞きだしてまた噂の種にしようと、皆、異様なほどに喰らいついてきている。
「どうしてとぼけるんですか、ユウヒ。スマル様の事ですよ」
「あぁ、その話ね…もう何でもいいよ、好きに話してれば。何を言っても聞く耳持たないんでしょ、どうせ」
「えぇ〜っ!? 違うんですか、ユウヒ?」
「郷にいる時にも散々言われたけど、なんだってまぁこんなとこに来てまで…あ、あのさぁ、幼馴染だって事より他に答えようがないんだよ、こればっかりは…」
落胆の声がユウヒに落ちてくる。
ただそう言ってはいても以前とは違って、ユウヒの胸にはスマルに対してのものなのか、妙な引っ掛かりが残った。
――あぁ…早く話題変わってくれ。
内心そう祈りながら、ユウヒは立ち上る湯気をぼんやりと眺めていた。
王宮内の色恋沙汰の噂は、その真偽はともかく気になるものらしい。
禁軍の誰それが何だとか、女官の誰それがどうだったとか、ユウヒの頭の上で次から次へと噂話が飛び交っていた。
「あぁ、そうだ。ユウヒ、知ってます?」
突然その中の女中の一人がユウヒに話を振ってきた。
――またか…今度は何よ、もう…。
また槍玉にあがるのかとユウヒは相槌すら打たずにいたのだが、その女中はよほど話をしたいらしく、ユウヒからの返事を待たずにそのまま話を続けた。
「女官の方達の中でご実家の方へ十日ばかり帰ってらした方がいるのですけど…今、とても人気の風の民の芝居小屋があるんですって」
「風の? 旅の一座ってこと?」
ユウヒが興味を示して聞き返すと、その女中は待ってましたとばかりにまた口を開いた。
「えぇ、そうなんです。何か昔話を題材にしたお芝居をしているとかで…それでその一座が都に、このライジ・クジャに来ているって話なんです」
「へぇ〜、どんな昔話なの?」
ユウヒがまた聞き返すと、その女中が今度は首を傾げて返答に詰まっていた。
「それが…詳しくは知らないのですけれど…何でも四神様を従えた娘が、女王となってこの国を治めていくとか何とか」
それを聞いたユウヒは思わず咽かえってしまった。
「ごほっ…ごほっごほっ…っ」
「だ、大丈夫ですか?」
女中に聞かれてユウヒは問題ないと首を振る。
やがて落ち着いてくると、ユウヒはまた話始めた。
「えっと、何? 何なの、それ?」
「何って…この国の者であれば、幼少の頃に誰しも目にした事のある絵物語が題材になっているお芝居だそうで…でもお話なんてどうでもいいんですよ。その娘役をやっている役者がねぇ、それはもう見目の良い…」
――どうでもいいわけないだろう…。
ユウヒは顔色を悟られないようにまた女中達に背を向けて湯船にどっぷりと浸かった。
王宮に入った途端に、嘘のようにまた歯車が勢いよく動きだしたように感じられてならない。
まるで何かに突き動かされているようだと、ユウヒは思わず苦笑した。
新王が即位する直前にそのような芝居をしながら国を廻っているとなれば、おそらくいろいろな意味で民の間に噂は拡がっているだろう。
噂好きの女官達の話が、王の周辺に伝わるのもおそらく時間の問題、知られれば旅の一座に対しても何らかの動きがあると考える方が自然だった。
――いったい誰が?
当然の疑問がユウヒの頭に浮かんだ。
誰がいったい何のつもりで、この王の即位を前にしたこの時期にそのような芝居をしているのか、ユウヒは強い関心を持った。
「ねぇ…その芝居なんだけどさ、都のどのあたりで見られるんだろう?」
ユウヒがつとめて明るい声で尋ねると、女中達は嬉しそうに口を開いた。
「さぁ、そこまでは。何でもその日毎に場所を変えて公演するって噂ですよ。ユウヒもご覧になりたいのですか?」
「まぁね。ちょっと面白そうかなぁ、なんて」
「でしたらヒヅルも連れて行ってあげて下さいよ。あの子、お芝居大好きなんですよ」
「へぇ〜、そうなの。あれ? ヒヅルは女官だけど呼び捨てなんだ?」
ユウヒが女中達の方に向きを変え、床に頬杖をついて訊くと、その女中は慌てて口を押さえた。
「あぁ、申し訳ございません。その…あの子はここにいたんです。だから何か昔の癖でつい…」
「そうだったんだ。いや、謝る事はないって。私しかいない時はそうやって呼べばいいよ」
「ありがとうございます」
そう言って女中が頭を下げた。
ユウヒはそろそろのぼせそうな気配がしてきて、女中達に湯から上がる事を告げた。
城へ来た日の約束通り、ユウヒが自分のできる最低限の支度を済ませると、待ちかまえていた女中達が側に寄ってきた。
「ユウヒ。さっきはあぁ言いましたけど…例のお芝居、スマル様とご一緒に行かれるのであれば、ヒヅルは邪魔ですよねぇ。すみません、私達ったら気が利かなくて」
また話が戻ってしまった事に苦笑しながら、ユウヒは首を横に振った。
「あいつ誘うかわかんないし、一緒だとしてもヒヅルが邪魔なんて事はないよ」
着衣後、髪を手入れしてもらっている間はいつも女中達との雑談に花が咲く。
ユウヒはどうにか話題を変えようと、風呂にいた時の役者の話を持ち出した。
「そういえば、娘役の役者がどうとか言っていたね。そんなに綺麗な人なの?」
ユウヒがあまり興味無さそうに言ったにも関わらず、女中達はその話に色めきたった。
「それはもう! って、私達もまだ噂でしか存じませんけど綺麗というか…あの、男の役者らしいんですよ」
「へぇ〜…娘役が?」
「そうなんですよ。それも女と見まごうばかりの美しさ凛々しさっていうから…私達も見てみたくって仕方がないんですよ」
「ふぅ〜ん」
ユウヒは下腹のあたりがもぞりとなった。
――まさか、ね…。
ふと脳裏に浮かんだそれは、あまりにあり得そうにない考えだというのに、ユウヒの頭頭から離れない。
それがなぜかはわからないが、ユウヒは嫌な予感がしてならなかった。