ハウスクリーニング 鼻づまり 6.噂


 王の間の謁見から七日ほど経ち、スマルとの剣舞もだいぶ形になってきていた。
 剣舞自体、目にするのも初めてという者が多いらしく、二人が稽古を始めると必ずと言って良いほど中庭に人だかりができた。

 豪快な男舞のスマルにも負けず劣らない大きな動きでユウヒが舞う。
 その独特の細工が施された剣を振り回す。
 その度、歓声とも悲鳴ともつかぬ声が見物人達の間からに湧き上がった。
 これが賓客の居並ぶ前で同じ事をしたとすると、あらぬ恐怖やクジャの新王への不信感を煽る事になりかねない。
 スマルとユウヒは二人で話し合い、不用意に誤解を招くような振る舞いは避けた方が良かろうと判断、ユウヒは剣を手から離す、その独特の舞をあえて今回の舞には組み込まない事にした。

 いつものユウヒの舞いを知る者にはいささか不満の残る選択であったようだが、それでも攻撃的な男舞の方に合わせて調整された女舞はなかなか好評だった。
 女舞だけでは何とも中途半端な動きにしか見えないその動きも、スマルの男舞と組み合わさる事によって柔軟さやたおやかさが際立ち、逆にとても女らしい艶のある動きになっていた。

 一通り通して舞っては休憩しながらお互いの動きを調整する。
 それを繰り返しながら、日を追うごとに二人の剣舞はより洗練された素晴らしいものに仕上がっていった。

 ユウヒとスマル二人の呼吸は、共に舞うのが初めてとは思えないほどにぴたりと合っていて、自然、ホムラ郷にいた時のように二人の事は噂好きな女官達の恰好の話の種になっていた。
 午前中の稽古が終わり、ユウヒが自室に戻ると、側仕えをしている女官のヒヅルがいつものように湯浴みの準備を済ませて待っていた。

「お疲れ様でございます。湯浴みの準備はもう整えてございます」
「ありがとう、ヒヅル」

 そう礼を言ったユウヒが持っていた剣を卓の上に置き椅子に腰掛けると、無造作に置かれたその剣にヒヅルの視線が動いた。
 遠慮がちにチラチラと剣を見ているヒヅルに、ユウヒは思わず噴き出して言った。

「見たいのならそう言えばいいのに。遠慮することなんてないよ、どうぞ」

 ヒヅルを卓の方へ呼ぶと、ユウヒはその目の前に剣を置いた。

「抜いてみてもかまわないよ。怪我しないようにね」
「い、いいえ! そんな抜いてみるなんて滅相もない! 私はこの細工が…」

 そう言っておずおずと手を伸ばして、鞘の寄木細工を静かにヒヅルは撫でた。

「ずっと見てたよね、それ」

 ユウヒが笑いながら言うと、ヒヅルは赤い顔をして言った。

「見事な寄木細工ですよね。女の方で剣をお持ちの方なんて私、他に存じませんし…それに」
「それに?」

 頬杖をついたユウヒが楽しげに聞き返すと、ヒヅルはさらにそれより楽しそうに言った。

「この細工を施した方って、ユウヒ様の事をとてもよくわかっていらっしゃる方なのではないかと思ったんです。なんだかとても…その、似合うんです。ぴったりなんです、ユウヒ様の雰囲気に」

 思わず呆気にとられてユウヒが言葉を失っていると、ヒヅルはハッとしたように口を押さえた。

「あの、私…何か妙な事を言いましたでしょうか」

 少しの沈黙の後、ユウヒはふっと破顔して言った。

「いや、そんなの言われた事なかったから…そんなに似合ってる、のかな?」
「はい! 私ずっとそれが言いたかったんです」
「そっか…」

 ユウヒはそう言って立ち上がった。

「お風呂行こ、ヒヅル。私も荷物持つ?」
「いえ、私が全てお持ちいたします」
「うん。じゃ、お願い」

 そう言って二人して部屋を出ると、階段を降りながら少し後ろを歩くヒヅルにユウヒは言った。

「さっきの、スマルに言ってやってよ。きっと喜ぶよ」
「え? スマル様にでございますか? それはいったいなぜでございますか?」

 不思議そうに言うヒヅルに、ユウヒは笑顔で答えた。

「私の剣のあれはさ、全部スマルがやってくれたんだよ」
「さようでございましたか! どおりでユウヒ様にぴったりのはずですよね、スマル様の手によるものならば納得です」

 ユウヒはどこか懐かしいそのやり取りに、久しぶりに変なむず痒さを感じた。

「あのー、ヒヅル? なんでスマルの作だと納得なのか、聞いてもいい?」
「えぇっ!? そ、それはその…ユウヒ様とスマル様が…その…」
「そんな風に見える?」
「違うのでございますか?」
「う〜ん…ただの幼馴染なんだけど」

 郷にいた頃にはすぐに笑って否定していたのだが、蒼月楼でのやり取りの記憶がユウヒになんとなくそれをしづらくさせている。
 この自分のどっちつかずの態度はよくないのだろうとは思いつつ、肯定も否定もできないまま、ユウヒは結っていた髪をくしゃくしゃと解きながら、無言でいるしかなかった。

「剣舞の稽古が始まってからというもの、女官達の間ではもっぱらの噂なのですよ、ユウヒ様」
「へぇぇ…そりゃ、どうも…」

 返す言葉もなく、なんとなくばつの悪いユウヒは、まるでヒヅルから逃げるかのように少し足早に階段を駆け下りて行った。