偽りの中の真実


「ユウヒ様…では、教えて下さるのですか?」

 泣き出しそうな瞳でカナンに言われたが、ユウヒは力なく首を振った。

「その問いには…何とも答えるのが難しいんです。その代わりと言っては何なんですが、いくつかお話できる事ならあるかと思います。それでもかまいませんか?」

 だめかもしれない、とユウヒは内心思っていた。
 それほどに、目の前の女官は自分を追い詰めてしまっているように見えたからだ。
 だがカナンは思っていた以上に芯の強い女性のようだった。
 ユウヒの言葉にゆっくりと頷くと、嬉しそうに口を開いた。

「何でもかまいません。どんな些細なことでも、あの方をお救いできるのであれば…」
「そうですか…それともう一つ。私が話す事について他言無用なのはもちろん、その話の出処についても追求なさらないでいただきたいのです。約束していただけますか?」
「もちろん、仰せのままに…」

 カナンが拝礼して応えると、ユウヒもそれに対してゆっくりと頷いた。

「…わかりました。では、私が話せる範囲で…」

 ユウヒはそう言って、傍らに自分の剣を並べて置くと床に直接腰を下ろした。

「この国は…王の即位式は執り行っても、戴冠式というものは…ないそうですね」

 いきなり切り出したユウヒの言葉に、カナンは呆気にとられている様子だった。
 それを見つめてユウヒは苦笑しながらカナンに言った。

「なぜないのか…知ってますか?」

 カナンは戸惑いながらも首を横に振った。

「存じません。先王におかれましても、正装の際にも冠などは…その、王冠自体、存在しないということではないのでしょうか」

 手探りながらもカナンがそう答えると、今度はユウヒが首を横に振った。

「王冠はあるそうです。その…今度の即位式で、リンは、ホムラ様は何かそういったものを?」
「え、えぇ…冠というわけではないのですが、正装用の髪飾りがございますのでそれを…」
「その飾りはどこに?」
「城の宝物殿に」
「そうですか…では、その髪飾りはカナン、あなたご自身が宝物殿まで取りに行って下さい」
「わ、私がでございますか?」

 わけもわからず驚いてカナンが問い返すと、ユウヒは小さく頷いてまた言葉を続けた。

「はい。そして、必要であれば人払いをしてもいい。宝物殿の中にあるはずの王冠を探し出し、その手に取ってご覧になってみるといいでしょう」
「王冠を?」
「そうです。その王冠を一目ご覧になれば、少なくともシムザが王ではない、そればかりか先代の王ですら真の王ではなかったのだということがわかるはずです」

 カナンが理解に苦しんでいるのを見て、ユウヒはさらに言葉を継いだ。

「王冠は一つきりしか存在しないそうです。この国の王は代々そのたった一つの王冠を受け継いできたのです。その王冠を見れば、あなたのような聡明な方ではなくとも、おそらく誰もが目の前の王が真の王ではない事にも、王にはふさわしくないという事にも気付くでしょう」
「本当に…私にわかりますでしょうか?」

 カナンが不安そうに聞くが、ユウヒはきっぱりと言い切った。

「わかります。一目瞭然だと思いますよ」
「そうですか…わかりました。ではそのようにいたしましょう」

 カナンはそう言ってから、ユウヒの方に向かって丁寧に拝礼した。

「ユウヒ様、それで…あの……」

「はい?」

 一つの話はきりがついたが、カナンはまだ引き下がりそうにはなかった。

「神宿りの儀の際に、ホムラ様が王をお選びになったというのは真でございますか?」

 やはりそう来たかと、ユウヒは腹を括った。

「…本当です」

 ユウヒが迷いながらもはっきりとそう答えると、カナンの顔がパッと明るくなった。
 まるでその心の中が見えてくるのではと思ってしまうほどに、カナンは嬉しそうに見える。

「それは…王冠を見てわかるというものでもなさそうですね」
「…はい。残念ながら…」

 ユウヒが答えると、カナンは背筋をまっすぐに伸ばし姿勢を正した。

「ユウヒ様、単刀直入にお聞きします。あなたは真の王が何者なのか、ご存知ですか?」

 しまった、とユウヒは思った。
 またまっすぐに見つめてくる視線にユウヒの視線は絡め取られてしまっている。
 ユウヒはゆっくりと息を吸って気分を落ち着かせると、カナンに向かって問い返した。

「あなたはそれを聞いて、どうするつもりですか?」
「どう…とは?」

 カナンもそれを切り返す。
 ユウヒは慎重に言葉を選んで、また口を開いた。

「つまり、本当に玉座につくべき人物が誰なのかを知ったとして、どうされるおつもりですか?」

 カナンは目を閉じて何かを考えているようだった。
 そして再び目を開くと、ユウヒの問いに静かに答えた。

「私にはその方を玉座につかせる力もございませんし、国を揺るがせるような真似をするだけの後ろ盾もございません。そもそもその方が王になるかどうかという事が、私にとって問題なのではないのですから」
「ならばなおさら、どうされるおつもりなんですか?」

 ユウヒが再度訊ねると、カナンは静かに微笑んで言った。

「何にホムラ様がそこまで追い詰められているのか、わかればそれで十分です。すべてを理解することは無理であっても、お気持ちを推し量る事くらいはできるようになるかと思うのです」
「それだけ、ですか?」
「そうです。それだけです」
「そう、ですか。わかりました…」

 そう言って、ユウヒは軽く頭を下げた。

「で、ユウヒ様。真の王が誰なのか、貴方はご存知ありませんか?」

 カナンは身を乗り出さんばかりの勢いでユウヒにその答えを迫った。

「確かにあの日、あの夜リンは…王を選びましたよ」

 少しだけ的の外れた答えでユウヒは一旦カナンを牽制した。