偽りの中の真実


「私はかまいませんが…何でしょうか?」
「ここではちょっと…もしよろしければ場所を変えてお話したいのですが」
「そうなんですか? えっと、どうすれば?」

 戸惑った様子でユウヒが答えると、その女官は辺りを慎重に見回してからまた口を開いた。

「私がユウヒ様の部屋へ伺ったとなると、後々面倒が起こりそうな気がします。できればこれから、私と共に来ていただきたいのです」
「リンの…ホムラ様の部屋にですか?」
「ホムラ様は少し体の調子がおよろしくないようで、昨日の夕刻より寝込んでいらっしゃいます。ユウヒ様のご都合がつくようであれば、その…一緒についてきてもらえますか?」

 口許を隠す袖の上から覗く瞳がまっすぐにユウヒを捉えている。
 ユウヒはその目を見つめたまま、ゆっくりと頷いた。

「ありがとうございます。では、こちらへ…」

 カナンはそう言うと、装束の裾をさっと翻して塔の方へと歩き出した。
 ユウヒはわけもわからず、ただその後ろをついていくしかなさそうだった。
 抱えた二本の剣に付いた鈴が、歩くたびに揺れてシャンシャンと軽やかな音をたてている。
 ユウヒは鈴を全部紐ごと握り締めてその音を鈴ごと手の中に閉じ込める消すと、黙って女官の後ろをただ歩いていった。

 先を行くカナンは塔の前まで来ても中には入らず、その横の通路をまっすぐに進んだ。
 塔の裏側に出ると、そこには八角形の造りになっている祠のような小さな建物が建っていた。

「こちらです」

 カナンはそう言うと、二重になっている鍵を開け、その祠の中に入るようにとユウヒに促した。
 ユウヒがその祠の中に入ると、女官は周辺をさっと確認してから祠の扉を閉めて施錠した。

「なっ、なんですか? ずいぶん慎重なんですね」

 そう口にして、ユウヒはある事に気付いた。
 あまり広くはないが、その内部は殺風景でがらんとしている。
 それにも関わらず、ユウヒの声はまったく反響することなく、まるで祠の内壁に吸い込まれるかのように消えてしまった。

「なんですか、この部屋。音が全然響かないみたいですね」
「お気付きになりましたか。この祠の壁は消音石と呼ばれる特殊な岩石で造られています。文字通り、音を吸収しますので外にここでの会話が漏れ聞こえる事はありません。それにもう少しするとおわかりになると思いますが…」
「……?」

 意味ありげに語尾を濁したカナンの言葉を不思議に思いながら、ユウヒはぐるりと囲む消音石の壁を見つめていた。
 しばらくすると、心なしか祠の内部が明るくなってきたような気がしてきた。

「あ…」
「お気付きになりましたか?」
「なんか…明るい?」

 消音石がほんのりと蒼白い光を発しているのだ。
 灯や燭台がないのはそのせいなのかとユウヒは納得し、淡い光に照らされて徐々に開けていく視界に目を向けていた。
 祠の中には特にこれといった調度も置かれていないらしい。
 殺風景と言っていいほどに装飾も見当たらず、規則的に並んだ柱が視界をいくつかに分断しているだけだった。
 そのせいか、そこにある空気すら他より冷たく澄んだものに変えているように思えてくる。
 無意識に身震いしたユウヒを見て、カナンが気遣うように声をかけてきた。

「寒いですか?」
「え? あぁ平気です。なんか冷たい部屋だなぁって思っただけで…ここは祠か何か、ですよね?」
「…ホムラ様が神託を授かる場所です」
「ホムラ…リンが? リンはいつもこんな所にいるんですか?」

 驚いたように問い返すユウヒに、カナンは首を振って答えた。

「さすがにいつもこのような所には…ですが即位式の十日前からは、式の当日までここにずっと籠もられることになっています」
「十日も!?」
「はい。新王が即位するにあたり、神のお言葉を民にお伝えするべく…」
「なんだい、そりゃ。そんな事したって…」

 そう言ってユウヒはハッとして口を噤んだ。
 リンは今やその声すらも限られた人間しか聞くことができないような神聖な存在なのだ。
 そのリンを否定するような事をうっかり口にしてしまったユウヒは、どうにかその場を取り繕おうと言葉を探した。

 そんなユウヒを見つめるカナンの目は鋭く、全く視線を逸らそうとはしない。
 よりいっそう厳しい表情をその整った顔に浮かべると、カナンはユウヒに向かって言った。

「その通りです。そのような事をしたところで、ホムラ様には神の声など聞こえてはこないでしょう」
「あ…あの、カナンさん、でしたか。あなたいったい何を…」
「神託などないと、そう言っているつもりです」

 全く目を逸らさず、まっすぐに自分を見つめて話すカナンの、その言葉の意図するところがユウヒにはわからない。
 ホムラ付きの女官でありながら、その存在の神聖さを否定する理由が何かあるはずなのだが、その硬い表情からは何も読み取れそうになかった。
 ユウヒはごくりと息を呑み、慎重に言葉を選びながらカナンに言った。

「あなたは、ホムラ付きの女官だとおっしゃいましたよね? それなのになぜそんな事を?」

 ユウヒの言葉にカナンが動揺するような気配は全く見られない。
 そしてその表情をぴくりとも動かすことなく、カナンはユウヒの問いに答えた。

「ホムラ様がそうおっしゃったからです」

 ユウヒはまたしても言葉を失ってしまった。