偽りの中の真実


「早いな…ユウヒ」

 その声はスマルのものだった。

「スマルか…おはよう、ってお前! その服って昨日着てたやつじゃないのか?」
「え? あぁ、まぁな。あの後、あそこの長椅子で寝ちまって…」

 ばつが悪そうに頭を掻きながら言うスマルに、ユウヒは呆れたように言った。

「なんだい、そりゃ。サクも迷惑だったろうに」
「いや、サクさんもいたんだ。さっきまで一緒だった」
「はあ? なんだい、そりゃ!?」
「あははは…」
「あはははーじゃないでしょ! まったく…呆れた人達だねぇ。スマル、酒くさい!」
 言葉に詰まったスマルが自分の口を押さえると、ユウヒは楽しそうに笑い出した。
「あははははは…まったく、どこにいても変わらないんだね、あんたは。城にいるのもずいぶん長いだろうから、もうちょっと何か変わってるかと思ったら」

 スマルは返す言葉もなく目を逸らしてユウヒの言葉を聞き流している。
 ユウヒはそのスマルに向かって話し始めた。

「ねぇ、剣舞どうする? あんまり時間ないよね。今日からでも調整、始めたいんだけど…その様子じゃちょっと無理か」
「あ、あぁ…身体動かすのはちょっと今日は勘弁して欲しいな。実際に舞わずに動きを教えるくらいなら、まぁ何とか」
「そっか。じゃあそれで頼む」
「わかった。昼からな。俺、部屋でもう一回寝るから」

 そう言ってスマルは自室のある中央の塔の方へと歩きだした。
 その背中に向かって、ユウヒは声をかけた。

「昼過ぎにあんたの部屋にいくからねー!」

 その言葉に後ろ手に手を振って応えたスマルは、そのまま大きく伸びをした後よたよたと歩いて塔の中に姿を消した。

「まったく…私の周りにはあんなのが二人もいるってことなのね。まいったなぁ…」

 そうつぶやくユウヒの顔が思わずほころんだ。
 先を考えると不安になったり焦る事も多いのは事実だが、ここでの生活もなかなか楽しいものになりそうだと、ユウヒはその時思っていた。

 ユウヒとスマルの二人は、シムザが正式に王に即位する式典の場で、剣舞を奉納することになっている。
 この二人に限らず、二人の故郷、ホムラ郷では男女を問わず剣舞をたしなむ者が多い。
 だがその舞いは男と女で動きに違いがあった。
 つまり二人で舞うとなるとどうしても互いの動きを確認し、調整する事が必要になってくるのだ。

「まいったな…」

 ぼそっとつぶやき、ユウヒは腰布を結びなおして二本の剣を傍らに置いた。
 何となく気が削がれて舞いに集中できそうにない。
 そんな時に剣舞を続けると怪我をしかねないため、ユウヒは一息つく事にしたのだ。
 ユウヒは先ほど腰を下ろした石にもう一度座り、ぼんやりと空を眺めた。

 雲がゆっくりと形を変えながら流れていく。
 霧が残していった程良い湿気が、まだ今一つ目覚めきらない寝起きの身体に心地よかった。

「あの…ユウヒ様でしょうか」

 突然声をかけられ、ユウヒは驚いて視線を地上に戻した。
 そこにはかなり高位にあると思われる、落ち着いた雰囲気の女官が一人立っていた。
 驚いて何も言葉を返せずにいるユウヒに向かって、その女官はもう一度声をかけてきた。

「ユウヒ様でいらっしゃいますか?」

「あ、はい。そうです。あなたは…?」

 慌てて立ち上がり頭を下げると、その女官は手を掲げ丁寧に拝礼してから近付いてきた。

「申し遅れました。私、ホムラ様のお世話をさせていただいております、カナンと申します」

 ユウヒはハッとしたように顔を上げると、ユウヒはもう一度その女官に頭を下げた。

「そうでしたか…それは失礼しました。妹がいつもお世話になってます」
「いえ、こちらこそ」

 カナンと名乗った女官はそう言うと、口許を袖口で隠してススッとユウヒのすぐ横まで歩み寄ってきた。
 何事かと不思議に思ってユウヒは身構えたが、カナンは何をするわけでもなく、ただ少しだけ語気を強めてユウヒに話しかけてきた。

「ユウヒ様、折り入ってお話がございます。できれば二人だけでお話がしたいのですが…お時間をいただけますでしょうか」

 リンの側仕えの女官とはいえ、カナンとユウヒは初対面であった。
 だが初めて言葉を交わすいうのに随分と深刻そうな雰囲気が漂っている。
 ユウヒは少しだけ考えたがこれと言って何かあるわけでもなく、ふぅっと一息ついて口を開いた。