「お茶とお菓子をお持ちしました。あの…」
何か言いたげな女官の様子にリンが顔を上げると、目が合った途端にその女官は床に突っ伏して謝り始めた。
「あの、申し訳ありません。その、私のようなものがお茶をホムラ様に勧めるなど…あの、目が合っちゃって、いや、その…」
今にも泣き出しそうな勢いで平伏し謝り続ける女官に、カナンが歩み寄ってその背をとんと叩く。
「おやめなさい。ホムラ様がお困りでいらっしゃいますよ」
「あぁっ!」
またも失敗を重ねてしまったとばかりに、女官は平伏したまま、さらに小さくなって黙り込んでしまった。
「あの…名前はなんと言うの?」
声をかけたのはリンだった。
びくっと背中が大きく動き、女官が恐る恐るその名を告げる。
「セイと申します」
「そう…セイ。お茶とお菓子ありがとう。この黄色いお菓子は何というの?」
リンが皿に乗った菓子を指差して訊ねると、女官はゆっくりと顔を上げて返事をした。
「申し訳ございません。名前は…存じませんが、卵や麦の粉などを混ぜて焼き上げたものにございます。海の向こうでは、そう珍しくないようなのですが…」
「海の向こう?」
リンが驚いて聞き返すと、女官は照れくさそうに言葉を継いだ。
「はい。私の母は渡来人でしたので…よく私や弟達にこれを作ってくれたんです」
「そうだったの。で、今日は誰が?」
「あ、あの…私が…」
「え!? あなたがこれを作ってくれたの?」
リンが身を乗り出し、カナンも驚いて目を瞠った。
「あの…毒見など必要でしたでしょうか? もちろん何もそんな…」
女官が言い終わらないうちに、リンはその焼き菓子を串で器用に一口大に分け、そのまま迷わず口に運んだ。
「うわぁ、おいしい! ふわふわしてて、甘くて…」
「あ、ありがとうございます!」
「…セイ、またこれ、頼んだら作ってもらえる?」
「はっ、はい! 喜んでっ!! あの、もちろんでございます!」
「ありがとう、セイ」
リンが返事をするとセイは嬉しそうに微笑み、扉のところでもう一度拝礼した。
そのまま部屋の外に出たセイの後ろでまた扉が開き、その向こう側からカナンが顔を出した。
「セイ、待ちなさい」
嬉しそうに顔を赤らめたセイが振り返ると、そこにはカナンの厳しい表情があった。
「セイ。今回の事は誰にも言ってはなりませんよ。ホムラ様はこの国にとってとても大切なお方なのです。あなたに続いて他の者達まで手作りでいろいろと持ってくるようになったら面倒です。あの方のことだから、おそらく断わったりはしないでしょうから…何かあってからでは遅いのです。言っている意味はわかりますね?」
カナンの厳しい言葉は余りにも尤もな事で、セイは蒼褪めた顔をして項垂れた。
「も…申し訳ございません」
「ですが…ホムラ様はあの菓子をたいそう気に入られた様子。どのようにして作るのか、調理場の方に連絡しておきなさい。所望なされた時にはいつでも作ってお出しできるように…とも付け加えてね」
セイがパッと顔を上げると、カナンがゆっくりと近付いてセイの肩に優しく手を添えた。
「ありがとう。あなたのあのお菓子のおかげで、やっとホムラ様に笑顔が戻りましたよ」
セイの顔が歪み、その瞳から涙がぽろりと零れ落ちた。
よほど緊張していたのか、セイはその身を震わせながら何度も何度も頷いた。
「さ、セイ。涙を拭いてまた皆のところに戻りなさい。何かあったら声をかけますから」
カナンが言うと、セイはひょこっと拝礼して、嬉しそうにその場を去っていった。
やれやれといったふうに溜息をついてカナンがホムラの部屋に戻ると、リンが自らお茶の用意をしてカナンの事を待っていた。