「ユウヒ」
サクに呼ばれ、ユウヒが少し前に出てその横に並ぶ。
「何?」
サクは入り口を背にして立つと、吹き抜けの方に腕を伸ばし、向かって左側の二階層目を指差して言った。
「あそこがさっきいた場所、禁軍の詰所。入り口を背にして左側にある部屋は全て武官達の詰めている場所です。禁軍の詰所を中心にいろいろとね…で、右側。この三階層目に私の執務室があります。こちら側は全部文官が使ってますね。まぁ大臣とか王の周りでいろいろやってる連中はこっちまで来ないけど、実質、この国を動かしてる中心みたいな場所って言ってもいいんじゃないかな」
ユウヒに向かってざっと説明すると、サクはまた歩き始めた。
「じゃ、行きますよ。今度からは間違えないように」
そう言ったサクの背中をユウヒは横目でチラッと見たが、それについていこうとはせず、その場に立ったまま、吹き抜けの両側にある部屋や、回廊、この建物の中全体をじっと見つめていた。
見事に対称に造られたその建物に魅せられているというよりはむしろ、目の前の光景を懐かしむような、そんな柔らかな眼差しで、笑みすらも浮かべて眺めている。
さすがにこれはまずいだろうと、スマルは慌ててユウヒに小声で話しかけた。
「ユウヒ。いつまで見てんだ…サクさん、行っちまったぞ」
「えっ!?」
ハッとしたように目線をスマルに移し、すぐに右側の階段の方を見る。
サクはすでに階段を上り始めていた。
「あれ? いつの間に…」
ユウヒが照れくさそうに頭を掻いて歩き出そうとすると、その腕をスマルが掴んで引き止めた。
「おい…待て、ユウヒ」
「ん? 何?」
不思議そうにユウヒが聞き返す。
スマルは一瞬迷ったが、サクに変に思われてもまずいからと、すぐに口を開いた。
「お前、さっきからどうしたんだ?」
スマルの言おうとしている事は、すぐにユウヒへと伝わった。
ユウヒは困ったような顔をして答えた。
「ん〜、何かね。ここ、知ってる気がしてならないんだよ」
「やっぱりそうか…」
「やっぱりって…え? どういう事?」
ユウヒが驚いてスマルに訊ねると、今度はスマルが驚く番だった。
「おい、しっかりしろよ。リンの事とか気になるのはわかるけど。禁軍っつわれてまだわかんねぇのかよ。ヒリュウだよ、お前ん中にあるヒリュウの記憶だよ」
不思議な既視感にふわふわとした感覚を憶えていたユウヒの顔に厳しさが戻ってきた。
「ヒリュウの、記憶…」
「あぁ、たぶん間違いないだろう。出なきゃいくらお前がボーっとしていたからって、そんな自然に禁軍の詰所に足が向くはずがねぇ。いいか、ユウヒ。お前が無意識でも、ここに来てからの行動はヒリュウの記憶がそうさせてるんだと俺は思う。でもサクはお前の事を知らないんだ。もうちょっと気ぃ入れてけ。流されんな」
「ぁ…ご、ごめん……」
ユウヒはスマルに謝ったが、その声には動揺が溢れていた。
おそらく本当に無意識の行動だったのだろう。
実際、一番驚いていたのはユウヒ自身だった。
「ほら、行くぞ」
ユウヒの頭をぽんと叩いてその横を通りすぎたスマルは、ユウヒより先に進み、階段の中ほどで待っているサクのところへと急いだ。
振り返った二人に応えるように、ユウヒも小走りに二人に追いつくと、困ったような顔をしてサクが声をかけてきた。
「大丈夫ですか?」
「え?」
「いや、何だか様子が…おかしいような気がしたから」
サクに言われて、ユウヒは顔を上げた。
自分は今いったいどんな顔をしているのだろうかとユウヒは不安になったが、それでも精一杯の笑みを浮かべてサクに返事をした。
「大丈夫。何でもないから…執務室へ連れてって下さい」
その言葉を疑ったのか、伺いを立てるようにサクはスマルの方を見たが、スマルはただ黙って頷くだけだった。
サクは諦めたように一つ小さな溜息をついて、また階段を上り始めた。
それにスマルが続き、その二人の後をユウヒがついて上っていく。
一段、また一段と上るたび、ユウヒの鼓動は大きくなった。
――やっぱり、私、ここを知ってる。
王宮の中にある建物なのだから、ユウヒにとって初めての場所である事は間違いない。
だが、一歩進む度に、それどころか呼吸の度に、その吸い込む空気でさえも知っているような気がしてならなかった。