「そう…ねぇ……」
ユウヒが言葉を探しているのに気付き、サクがチラリとユウヒの方を見た。
ユウヒはそのサクに視線だけで応えると、そのままシムザに向かって話し始めた。
「それは…とても魅力的な提案だと思う。でも、悪いけどやめておくよ」
シムザの顔がスッと曇って、その言葉に感情が籠もる。
「なんでだよ、ユウヒ姉さん。ホムラ様とその実姉の二人の剣舞なんて…これ以上ないもてなしじゃないかと俺は思ったのに」
リンが困ったような顔をして、黙ったままでやり取りを見守っている。
王になったとはいえ、それはいかにもシムザが思いつきそうなシムザらしい趣向だった。
ユウヒはどうしてもこみ上げてくる笑いを必死に抑えながら言葉を継いだ。
「あの時と違って私の剣は舞い用のもんじゃない、真剣だよ? この国の大切なホムラ様に万が一にも怪我をさせるわけにはいかないだろう。下手をすれば命だって取りかねない剣をすぐ近くで振り回すんだ。危険すぎるよ」
サクも隣で必死に笑いをこらえているのがユウヒにはわかった。
スマルは反応を窺うように、シムザの方を見ている。
ユウヒは話し続けた。
「何よりも…神聖な存在であるホムラ様と、ほんのちょっと前までそこいらの見世物小屋に出入りしていた女が一緒に舞うってのはどうなんだい? 毎日嫌ってほど禊を繰り返したとしても、同じ場で舞っていいような存在じゃないと思うけどねぇ」
ユウヒの言葉に、それまで身を乗りだしていたシムザがその身を起こして座りなおした。
その様子を見たユウヒは、だめを押すようにもう一言付け加えた。
「まぁその辺りを気にしないとしても、やはり殺傷能力のある剣で舞う以上、大切なホムラ様であるリンと一緒に舞うっていう提案は受け入れ兼ねるね。確かに久しぶりに二人で舞ってみたいって気持ちもなくはないけど、やめた方がいい」
そう言われてしまっては返す言葉も当然シムザにはない。
拗ねた子どものような顔をして、腕を組んで黙り込んでしまった。
リンは慌ててその場を取り成そうとシムザの横までやってきたが、ユウヒはそんなリンに助け舟を出そうともせずにシムザの反応を窺っている。
シムザは言い返す事もできずに、独り言のように何かぶつぶつとつぶやいている。
その側に寄り添ってシムザの機嫌を取ろうと困り果てているリンを見ていたユウヒは、ふと思い付いてスマルの方を向いた。
「…? なんだよ!?」
スマルが驚いたように訊ねると、ユウヒは意味深な笑みを浮かべてシムザとリンに声をかけた。
「なぁ…シムザ。その剣舞ってのはさ、女じゃないといけないってわけじゃないんだよね?」
ユウヒの言葉に場にいる一同が一斉にユウヒに注目した。
楽しげにも見えるユウヒは、スマルの方をもう一度見て口を開いた。
「私一人じゃ役不足ってんなら…こいつとじゃまずいかな? 私とスマルで剣舞ってのは」
「はぁあぁぁ!? お前、何を言い出すのかと思ったら…」
スマルが慌てて否定しようとするが、ユウヒはかまわずに話を続けた。
「即位式は…いつだっけ? あと…ひと月、だっけ? それくらいあれば間に合うと思うし、当日はホムラ様の警護とかってのも…他がやってくれんだろ?」
ユウヒが訊ねると、あっけに取られて口をぽかんと開けていたシムザが、ハッとしたように表情を引き締めて返事をした。
「あ…うん。禁軍が出張ってくることになっているからスマルは特に…でも、大丈夫なの?」
「もちろん大丈夫だよ。じゃなきゃこんな事言わない。だいたい私に剣舞って時点で色艶とか、そんなん求めてるってわけじゃないだろ? 私とスマルだったら、かなり迫力のある面白いもんが見せられると思うけど…どうする?」
もうかける言葉すら失っているスマルを見て、サクが必死に笑いをこらえている。
そんな二人の間で、ユウヒは涼しげな顔でシムザからの返事を待っていた。
リンは少し寂しげな笑みを浮かべると、シムザの肩に手をやって返事をするようにと促した。
シムザはまだ呆けていたが、また座りなおすとリンに自分の場所に戻るように言ってからユウヒに向かって口を開いた。
「男舞と女舞で、一つの舞になるのかはわからないけれど…ユウヒ姉さんがそういうのなら任せることにするよ。確かに迫力のある面白い剣舞になりそうだ」
「だろう? じゃぁこれで決まりだね。スマルも、よろしく頼んだよ?」
そう言ってユウヒがスマルの方を見ると、まだ動揺を隠せないスマルが、力なく黙って頷いた。
「そうと決まれば…シムザ。今日はもう話は終わりかな? 時間もそうはないし、スマルと話がしたいんだ」
「あ、あぁ。もう話は済んでいる…あと、練習には中庭を使ってくれ。話は通しておく。実際に剣舞を披露するのも、中庭になると思うから」
「そうか、わかった。じゃ、今日は嬉しい計らいをありがとう、シムザ。次に会う時は御簾越しになるんだろうけど、まぁ失礼のないようにせいぜい勉強しておくよ」
ユウヒがそう言って立ち上がると、それに次いでサクとスマルも立ち上がった。
「じゃあね、リン。また機会があったらゆっくり話をしよう!」
「…はい、姉さん。剣舞の練習、頑張ってね。あの…スマルさんも…」
リンに言われてスマルは振り返り、リンに向かって丁寧に頭を下げた。
「それでは我々はこれで失礼します」
サクがそう言ったのを合図に三人は王の間を静かに退出した。
大きな扉がゆっくりと閉ざされると、どこで待っていたのか、ユウヒの世話をしていた女中達が膝をついて廊下の脇で控えていた。
「待っていてくれたの?」
ユウヒが声をかけると、女中達は来た時と同じようにユウヒの前後にささっと分かれた。
「あー、私の執務室で話がしたいんだ。悪いんだけどユウヒを…その、もう少し楽な服装にしてあげられないだろうか?」
サクが女中達に声をかけると、女中達はまた例のお辞儀をしてその後の段取りをサクに伝えてユウヒの許へ戻ってきた。
「ユウヒ様。まずお部屋へご案内いたします。そこで一旦その正装を解きましてから、その後サク様の執務室へご案内いたします」
そう言われて、ユウヒがサクの方を見ると、スマルと並んで立ち話をしていたサクが、ユウヒに気付いて顔を上げた。
「我々は先に行ってますから。執務室の方へ直接来て下さい」
「わかりました」
ユウヒが答えると、サクとスマルは顔を見合わせて頷き、ユウヒに向かって軽く手を上げた。
「では、また後ほど…」
「あとでな、ユウヒ」
「うん」
二人が歩き出すと、残されたユウヒの装束の裾を背後に付いた女中二人が丁寧に直した。
「では、ユウヒ様。よろしいですか?」
前に立つ女中の声にユウヒが頷くと、女中はゆっくりと廊下を歩き始めた。
眼下に見える中庭では、宮仕えの者達が忙しなく動き回っている。
ふと目を移すと、そこには王の間の重い扉があった。
――まるで世界を分断するみたいな、嫌な場所だね、この王の間ってのは…。
ユウヒはそんな事を思いながら女中の後ろを歩き始めた。
久しぶりに見たリンの顔は、とても寂しそうで儚げだった。
この先、リンと二人でゆっくり話すような時間がどれくらいあるのだろうか?
ユウヒはすっかり見違えるようになってしまった妹が心配でならなかった。
だがそれ以上に、自分が王となるための道が想像以上に険しい事に頭がとても痛かった。
本当にこの国のかたちを変えようとしているのだという事を思い知らされたユウヒは、暗い気分を引きずったまま、王の間をあとにした。