王の間


「他には? 何かある? 後に伸ばすといろいろ面倒なんだ」

 そうシムザが突然切り出した。

「何かあったら…今話せるだけ話した方がいい」
 シムザが言うと、ユウヒは首を傾げて聞き返した。

「どういう事?」
「王は側近などの極一部の者達以外と直接言葉を交わす事はないんだ。影と呼ばれる人間を介して話をする」
「へぇぇ…、そりゃまたたいそうなもんだね」
「まぁ、王だからね。それに…これはホムラ様であるリンも同じなんですよ、リンは神の声を伝えるホムラだから。その神聖な声を他の者達が聞けるのは礼典や祭典などの行事の時だけ。普段は王である俺以外と、直接言葉を交わす事はない」

 リンの顔に影が落ち、ユウヒが心配そうにそれを見つめる。
 目を合わそうともしないリンの様子を見て、ユウヒは思わず問い詰めるような視線でスマルを睨み付けた。
 スマルは申し訳無さそうに力なく笑い、頷く事でシムザの言葉を全て肯定した。

「わかってもらえたかな?」

 シムザが得意そうに言うと、ユウヒはニコッと笑って頷いて言った。

「よくわかったよ。でも、今はリンと話しても構わないんだろ?」
「いいですよ。そのための人払いですから」

 シムザが答え、その少し離れた場所に座っているリンが口を開いた。

「姉さん、久しぶり」
「久しぶりだね、リン。どう? 元気にやってる?」
「うん。おかげさまで…お勤めは大変だけど、私に話す事で元気になっていく人達を見ていると、もっと頑張ろうって思うよ」

 リンは自分で言っているほど元気というわけでもないのだろうとユウヒは思った。
 以前に比べるとずいぶん静かに話すようになったリンの言葉に、姉であるユウヒは嫌が上にも不安になっていった。

「姉さんは? 守護の森に行くと聞いた時は本当に驚いたけど…元気にしていた?」

 横にいるシムザをチラチラと窺いながらリンがユウヒに声をかけた。
 ユウヒは勤めて明るい声で答えた。

「あぁ、もちろん。どうやら悪運だけは強いみたいで、森でもまぁ何とかやっていけたし。その後は港町の酒場で働いていたんだよ、住み込みでね」
「そうだったんだ。姉さんはどんな時でもへこたれないで前へ突き進むものね。大変な時ほどすごいの、私、知ってるよ」

 リンが嬉しそうに微笑んだが、その表情にはやはり力がない。
 ユウヒはそれにあえて触れずにシムザの方にも話を振った。

「なぁ、シムザ。やっぱりホムラ様のお勤めっていうのは大変なんだろう? あんた王様なんだし、リンの事、助けてやっておくれよ?」
 その言葉に、シムザは待ってましたとばかりに返事をした。
「もちろんだよ、ユウヒ姉さん。俺はリンの事を一番大切に思ってるんだ。俺が側にいてリンを護るから。何不自由ないようにして、辛い思いも絶対にさせないよ」
 まかせてくれと言わんばかりの勢いに、ユウヒはわざと大げさに喜んで見せた。
「そうかい! それは心強いね、シムザ。リンの事、支えてやってね」

 そう言ってユウヒがリンの方に目をやると、笑みを浮かべているにも関わらず、その表情は寂しさに溢れているように見えた。
 うっかり溜息をつきそうになったユウヒは、慌ててそれを息を呑んでごまかした。
 場が一瞬静まりかえった時、ユウヒの横でサクが口を開いた。

「新王。怖れながらユウヒ殿に即位式の話をまだ…」

 シムザが神経質そうに眉をぴくりと動かして、サクを見る。
 サクは少し俯き加減で、黙ったまま目を伏せた。
 少しだけ緊張した空気が流れたが、それはユウヒの言葉が断ち切った。

「即位式か! シムザが正式に王になるってことだね。おめでとう、シムザ」

 スマルが苛立ちを押し込めるように拳を握り締めると、ユウヒがスマルの方を見て首を振った。
 気にするなとユウヒは小さくスマルに言ったが、スマルは納得のいかない様子でユウヒの事を見つめ返した。
 ユウヒは小さく鼻で笑うと、またシムザに視線を戻して口を開いた。
「で、私がこんな時期に呼ばれたのは…その即位式で剣舞を奉納するっていうことかい?」
 力の籠もったユウヒの声に、サクとスマルが思わずユウヒの方を見た。
 ユウヒは何の迷いすらないような顔で、シムザをじっと見つめている。

「そう、その通り。即位式には国内外の賓客をたくさん招く事になっているんだけどね、即位の儀が終わった後の祝宴の場で、剣舞を披露してもらいたいんだ」
「わかった。どんなもんを奉納するかってのは、こっちに任せてもらえるかい?」

 ユウヒが聞き返すと、シムザは嬉しそうに言葉を続けた。

「それなんだけど…郷での最後の神宿りの儀、覚えてるだろう? ユウヒ姉さんの剣舞、リンと一緒にっていうのはどうだろう? あれは本当に幻想的で見事な舞いだったよね。あれを…お願いできないかな」

 ユウヒの身体がビクッと硬直し、その顔も一瞬だが緊張で歪んだ。
 スマルも驚いたような顔でユウヒを見つめ、その二人の様子をサクが不思議そうに見つめた。

 少しだけ間が空いて、ユウヒは大きく息を吸って、静かにそれを吐き出した。
 ユウヒが喜んで自分の意見に飛びついてくるだろうと思っていたシムザは、ユウヒの意外な反応に戸惑っているようだった。

 そしてスマルは、喉がからからになるほど緊張していた。
 ユウヒとリンが対になって舞った、あの神宿りの儀での終の舞こそが、ユウヒがこの国の王なのだと選ばれた瞬間だったからだ。
 またあの時のような現象が起こるとは限らないが、何も起こらないとも言い切れない。

 ユウヒが何と答えるのか?
 スマルは固唾を飲んでユウヒが口を開くのを待った。