王の間


 御簾の向こう側の空気が変わった。

 シムザの発言に、側近や大臣達が動揺しているのだ。
 ユウヒ達は軽く頭を下げ、事の次第をただ待ち続けた。

「私の古くからの友人だ。何を心配することがある? それとも私の言葉が信じられないとでも言いたいのか?」

 語気を多少荒げても人当たりの良さそうな声は、シムザの持って生まれた才と言ってもいい。
 どうやら王に従う事にしたらしく、御簾の向こう側から足音や衣擦れの音が聞こえてきた。

「そうだ、そこの…御簾を上げてくれ。ホムラの方もだ。顔も見えないようでは皆を退席させても意味がない」

 シムザが側近達について忙しなく動き回る宮仕えを一人捉まえて指示をする。
 王から声を直接かけられた驚きが、御簾のこちら側にいてもわかった。
 宮仕えが大急ぎで御簾を上げていくと、その向こうからシムザとリンの懐かしい顔が現れた。

 王の間から側近達が出て行くと、あとにはユウヒ達三人とシムザとリンの五人だけが残った。

 最初に口を開いたのは新王となったシムザだった。

「慌しくて申し訳ない。ここにはいろいろと決まりごとが多くて…サク達も、構わないからユウヒ姉さんのところまで上がってきてくれ」

 シムザがユウヒの後方に向かって声をかけると、少し戸惑ったような空気が後ろから流れた後、衣擦れの音がしてスマルとサクがユウヒを挟むようにして両側に腰を下ろした。
 ユウヒが顔を向けるとスマルと一瞬目が合ったが、すぐにスッと目を逸らしたスマルは、そのままシムザの方に向かって頭を下げた。
 逆側に座るサクの方を振り返ると、こちらも同様に頭を下げている。
 ユウヒが困ったように顔を上げると、シムザは垂れた目を細めて微笑み、口を開いた。

「二人とも、今日はそういうのは無しだ。顔を上げてくれ」

 シムザの声に、頭を下げたままでサクとスマルがお互いに顔を見合わせて何かを確認し合うように頷くと、言われた通りに二人とも顔を上げた。

「ユウヒ姉さんも最初は戸惑う事が多いと思う。ここではその身分によって、分相応の…何ていうのかな、扱いというか…そのうち慣れると思うけどね。でも久しぶりに会ったんだ。今日ばっかりは、今までの通りに話をしたいんだよ」

 シムザがそう言うと、ユウヒはあからさまに不機嫌そうな顔をして口を開いた。

「それは有難いね、私もそういうのが得意な方じゃない。でもまぁ、今日のところはそれに甘えさせてもらうとして…こっから先は王様になったシムザや、ホムラ様のリンに迷惑がかかんないようにいろいろ勉強させてもらうつもりだよ。ただ…」

「ただ?」

 シムザが聞き返し、サクとスマルが何ごとかとユウヒの顔をまじまじと見つめた。
 ユウヒは自分の両側からの視線に応えようとする素振りすらも見せず、シムザをまっすぐ見据えたままで話を続けた。

「私は確かに王のあんたとは旧知で、ホムラ様の実姉だよ。でもここでの立場はただの剣舞の舞い手、踊り子でしかないはずだ。身分うんぬん言うのであれば、今日のあの私への皆の態度ってのは…やり過ぎじゃないのか?」

 責めている様にすら聞こえるユウヒの言葉に、リンが心配そうにシムザの横顔を見つめている。
 シムザは不思議そうな顔をしてユウヒの言葉に答えた。

「なぜ? どうしてあれがやり過ぎなのかわからないな。当然の待遇だと思うけど…」

 シムザの言葉を聞いて、ユウヒが言いかけた言葉を飲み込み少し考え込んだ。
 それを見つめていたスマルはシムザの方に視線を移し、サクは下を向いて顔を歪めた。
 ユウヒは俯きぎみで何かを考えていたが、また顔を上げてシムザに言った。

「じゃぁ、そこいらへん、私に任せてもらってもいいかな? どんな扱いが分相応なのかはわからないけれど、自分でできる事は自分でしたいし、第一いくら身内だからって、やっぱり踊り子は踊り子なんじゃないかと思うんだよ。気を遣ってもらうのは有難い。でもやり過ぎは…他にも示しがつかないってもんだろう?」

 スマルは首を傾げ、困ったようにそれに答える。

「待遇が悪くて不満っていうならまだしも…ユウヒ姉さんは、待遇が良いのが気に入らないの?」
「気に入らないというか、身に余るって言ってんだよ」

 話し始めたユウヒはシムザから視線を外すことすらせず、それに圧倒されたのか、シムザの方から目を逸らし、リンの方に視線を投げた。
 リンは苦笑し、ただ黙ってゆっくりと頷いた。
 それを見たシムザが、ふぅっと息を吐いてユウヒに言った。

「わかったよ、ユウヒ姉さん。その辺は任せる。姉さんの指示での判断って事なら、こちらからのお咎めも無しってことにする。それでいい?」
「…ありがとう。助かるよ、シムザ」

 ユウヒはそう言って頭を下げた。

 シムザは待遇が良いことが気に入らないユウヒの思いが理解できないようだった。
 自分の好意を無にされたと思っているのか、居心地悪そうにしていたが、それを気取られないよう咳払いでごまかすと背筋をぴんと伸ばして座りなおした。