「サクです。ユウヒ殿をお連れいたしました」
最上階層にあるとは思えないほどに廊下の天井は高かった。
廊下のほぼ中ほどには、その廊下には不自然なほどに大きな、天井まで届く扉がある。
その前に立ち、サクはその向こう側にいる人間に声をかけた。
腹に力の入った声のせいか、いつもとは違うサクの声にユウヒとスマルの間にも緊張が走る。
程なくして、扉が少し開き、中から声が聞こえてきた。
「入りなさい」
その声には上に立つ者によくある他者を見下ろすような威圧感があった。
この国の頂点に立ったというシムザの、聞き覚えのあるそれとは別人のものだった。
ユウヒが訝しげに眉を顰めてスマルの方に視線を投げると、スマルがそのユウヒの疑問を肯定するかのように黙ってゆっくりと頷いた。
すぐ横にいるサクがスマルの襟元を指差し、二人して寛げていた襟を留め具をかけてきっちりと正すと、どこから出てきたのか男が二人、扉の前に立っていた。
「王の間である。失礼のないように」
高圧的な態度でそう言うと、男達は王の間の入り口の扉をゆっくりと両側へと押し開けた。
扉の向こう側は、薄暗い、がらんとした広間になっていた。
板張りの床にはいくつかの段差があり、その一番高くなっている部分に御簾がかかっている。
先頭をいくサクが、御簾に向かって深々と一礼して王の間に入っていき、そのすぐ横にいたスマルが同じように礼をしてその後に続いた。
続いて、ユウヒの前にいた女中がすっと入り口の前まで進み、そのまま傍らに寄った。
ユウヒが不思議そうにその女中の顔を見ると、女中は申し訳無さそうに苦笑した。
――この人はここまでしか入れないってことか。
ユウヒは女中に向かって頷くと、そのままスッと前に出た。
「ユウヒ様にございます」
女中はそういうと、その場に両膝をつき、手を中に入れた袖を合わせて高く上げて礼をした。
ユウヒは王の間の入り口に立つと、その女中がしたのと同じように礼をして中に進んだ。
中に入ると、今までの女中達よりもさらに上等な装束を身に纏った女官達がユウヒを囲んだ。
「こちらへ…」
ユウヒが着ているものに比べると若干見劣りはするものの、そう大差ない衣装から判断すると、ここにいいる女官達はそれなりに高い位置にいる者達なのかもしれない。
また剣舞の舞い手でしかないユウヒが、それなりの待遇で迎えられているとも言える。
ユウヒは小さく溜息をつくと、女官について王の間の中ほどまで進んだ。
一つ、また一つ段差を上ったところにサクとスマルが少し間を空けて、並んで座っている。
その間を通り抜けて、女中ははさらにもう一段高いところまでユウヒを案内した。
頭を下げているサクとスマルの間を戸惑ったように通り過ぎる。
女官が示した場所まで進み、ユウヒが片膝をつくと、それを見た女官が慌ててユウヒを制した。
「ユウヒ様はそのような事をなさらなくてもよろしゅうございます」
思っている以上に自分の待遇が良いらしいことにユウヒは驚きながらも、ゆっくりと頷いてその場に足を揃えて正座した。
すると、御簾の向こう側で何かが動く気配がして咳払いが一つ聞こえ、何者かが話し始めた。
「本来であれば王が下賤の者達と直接話をする事はないのだが…そなた、王とは旧知の間柄で、ホムラ様の姉君であると聞いた。よって今日は特別に、御簾を上げ、影を介さずに直接お言葉を交わされるそうだ」
ユウヒは床に手をつき、軽く頭を下げながらその声を聞いていた。
「くれぐれも失礼のないように」
腹立たしげにも聞こえるその声の後に、やや笑いを含んだ聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「お前達がいては客人も話どころではない。皆、はずしてもらえるか?」
思わず感心するその品の良さそうな柔らかい声の主は、間違いなく王となったシムザだった。