フラワーギフト 札幌 土地 1.城へ

城へ


「お湯は、いかがでしたか?」
 先頭にいる女中に問われて、ユウヒは苦笑して言った。

「まぁのんびりって感じじゃなかったけど、とても良くしてもらいました」
「そうですか…」
「あの、何か?」

 まだ何か言いたげな女中にユウヒが訊ねると、女中は戸惑ったような顔でユウヒに言った。

「あの者達が…あのようにはずんだ声で客人を送り出すのを私は初めて聞きましたので。何かあったのかなと…」

 それを聞いてユウヒは笑みを浮かべて言った。

「あぁ、何か良い事でもあったんじゃないの? さて、遅くなってすみませんでした。あの、どうすれば?」

 ユウヒがその場を適当にごまかして女中に声をかけると、女中達は互いに目配せして頷き、後ろの二人がユウヒの背後に廻った。

「ではユウヒ様、王の間にご案内いたします」

 そう言って頭を下げると、女中はユウヒの前を歩き始めた。
 途中、階段など段差のある場所に近付くと、その度に後ろに控えている二人がユウヒの装束を持ち上げたり、裾を直したりして立ち止まることなくいっこうは王の間へと歩みを進めた。
 この塔に着いた時に見上げた天井絵の場所まで来ると、塔の入り口から入る光を背後から浴びて、二つの影がユウヒの事を待ち受けていた。

「こ、これは…」

 先頭を歩いていた女中が慌てて廊下の端に退き、膝立ちになる。
 袖に入ったままの手を合わせて顔の高さまで上げると、そのままそこに顔を隠すような形で頭を下げた。
 ユウヒの背後にいた女中達も、慌ててそれに倣う。

 何ごとかと思ってユウヒが前方の影に目をやると、逆行で顔はわからないまでも、聞きなれた声がユウヒの耳に飛び込んできた。

「へぇ〜、いいじゃないですか」

 そう言いながら近付いてきたのはサクだった。
 その横にはスマルもいる。
 二人ともユウヒと同様、正装していた。

「お互い、なんの冗談だってな恰好ですね…」

 ユウヒが苦笑して言うと、スマルがユウヒを見て驚いたように言った。

「あれ? 化粧までしてんのか」
「あぁ…まぁね。なんかもうされるがままって言うか何て言うか…そんな感じでさ」
「ずいぶん雰囲気が変わりますね」
 サクが横から口を挿み、ユウヒがそれに返事をする。
「だから嫌いなんだよね、化粧」
 ユウヒの言葉にスマルが笑うと、サクがその二人を見て言った。

「でも、その正装。お二人ともよく似合ってますよ」

 驚いたようにユウヒとスマルが顔を見合わせ、互いの恰好をまじまじと見つめていると、その横でサクが傍らで控えている女中達に声をかけた。

「ここからは我々も一緒に…かまいませんか?」

 先頭にいる女中が膝を少し曲げることで会釈をして返事をすると、サクは頷いてユウヒとスマルの方を向いた。
 女中達もすっと立ち上がり、先ほどと同じようにユウヒの前と後ろに歩み出た。

「俺、前行くわ」

 馬鹿にされているのではないかと勘繰りたくなるほどに謙った態度の女中達に囲まれ、居心地悪そうにしていたスマルが、そうユウヒに声をかけて前方のサクと並んだ。

「よろしいですか? では…」

 サクがそう声をかけると女中達がまた両手を掲げ、膝を軽く曲げて礼をする。
 何やら楽しげに話すスマルとサクの後について、ユウヒと女中達も歩き出した。
 塔を出ると、その場にいた宮仕えの者達がいっせいに注目し、サクの存在を認めると一斉にその場に片膝をついて頭を下げた。

 この塔の隣、中央の塔の最上階層に王の間はある。

「じゃ、いきますよ」

 サクの声に、ユウヒは深く息を吸い込んで目の前に聳える王の待つ塔をゆっくりと見上げた。

 新王であるシムザと、ホムラ様となったリンが、そこでユウヒの事を待っている。
 そう思うと、自然ユウヒの手はじんわりと汗ばんできた。

 自分が真のこの国の王であるという事は、サクを含めて誰にも絶対に悟られてはならない。
 もちろん、自分が漆黒の翼の羽根として動いているという事も知られるわけにはいかない。
 ただこれから新王であるシムザと対面することは、また一つ、大きく一歩を踏み出すきっかけになることには間違いかった。

 風にはためく城壁の王旗の音を背に、ユウヒ達は塔の中へと入っていった。