「…もういい。先を続けよ」
言葉に詰まった王がその勢いを削がれ、悔しそうにそう吐き出すと、サクは無表情のままで返事をした。
「…はい。そうさせていただきます」
サクは心のどこかで、これならば自分の思う方向へ話を持っていけそうだと思い始めていた。
「王のおっしゃる通りホムラ様の実姉であるという点からも、本人の言葉通りユウヒは人間であると私も考えています。しかしながらそれではあの突然に姿を変化させた事や、翼が生えて空を飛んだという事の説明がつかない。そこで考えられるのが…何か、妖獣か妖魔の類をユウヒが使役しているのではないかという事です。あの異形の姿もユウヒの力ではなくその妖か何かの力と考えれば、女の力に刑軍が圧倒されたのも頷けます。そうなると今度はその使役されているものの正体が何かという事になりますが…」
ここでサクはそれまでよりも時間をかけて、周りの表情を一つ一つ確認した。
だが期待したような反応をしているものは誰もおらず、やはりユウヒが何者か勘付いている者は一人も存在しないという事をサクは確信した。
なんの準備もできずにこの場を迎えてしまったサクであったが、一つの事をずっと考えていた。
それを行動に移すかどうか、サクは周りの反応にいっそう注意を払い、話を進めながら決めることにした。
「その正体について語る前に少し話を変えさせていただきます。この場に居合わせていらっしゃる方々の中で、例の一座の興行をご覧になった方はいらっしゃいますか?」
窺うように互いが顔を見合わせるが、その表情から判断する限りではそこへ足を運んだ人間はいそうになかった。
サクは納得したように頷くと、また話を始めた。
「わかりました。いらっしゃらないようなので私から説明させていただきます。例の一座の一番の見世物はわが国クジャ王国に伝わる神話伝承、王と国の守護者である四神による王国絵巻です。この話は作り話とも実話とも言われており、幼少の頃に絵巻物か、あるいは寝物語か何かで知っている方もいらっしゃるかと存じます」
「その話が今回の件に関係あるのか?」
王がたまらず口を挿むと、サクはゆっくりと頷いて言った。
「さようでございます。ですからどうか今しばらく私の話に耳をお貸し下さい」
執務中はあまり感情を表に出さずに話すサクが珍しく語気を強めて言ったことで、王は圧倒されたのか次の言葉を継げずに押し黙った。
それを気にした側近達数人の視線に気付いたのか、王は慌ててサクに向かって言った。
「…わ、わかった。続けろ」
その微妙な空気を感じながら、サクはまた先を続けた。
「四神は知っての通り、青龍、朱雀、白虎、玄武の四聖獣です。神獣とも言われております。そして王ですが、その名を蒼月というそうです。おそらく王の称号のようなものなのでしょう。そして王とは新たな命をこの国にもたらす者であると…すなわち新たな命を生み出すことができる性、その物語の中において、この国の王「蒼月」を名乗る事のできる真の王は女王であるとされています。そして王は常に四神と共にあり、その力をわが身のように使うことができるということです」
サクは手にしていた書類をまた傍らに置いた。
王を始め、大臣達が明らかに不快感をその表情に表している中、ショウエイだけが、いつもの涼しげな顔のままでいた。
ただその表情を覆い隠すかのように、広げた扇をさりげなく顔の前に構えていた。
あいかわらずどこまで言って良いのか、どういった伝え方をすれば良いのか答えを探しているサクは、胃がきりきりと痛むような感覚を覚えていた。
「ここまでは物語の中の話。私も幼少の頃に聞いた覚えがございます。そして今回の一件、ユウヒは自分を王だと言い、人間であるにも関わらずその背に生えた真紅の翼で宙へ舞い上がり、また白銀の髪、そして獣のような金色の瞳をして、とても女とは思えないような力で刑軍を圧倒したと聞いております」
「な、なんだ、お前はあの女がその…そうげつ、と言ったか、それだと言いたいのか?」
ソルが呆れたように口を挿むと、サクは苦笑してそれに答えた。
「いえ、そういうわけでは。ただ…」
「ただ?」
思わずソルが聞き返す。
サクは淡々と言葉を継いだ。
「ただ、神話伝承の中には実話も多く含まれていると聞きます。つまり、ユウヒが絶対にそうではないと言い切れるかどうかとなると、私には判断できかねると…そう言っているのです」