「遅くなりまして申し訳ありません。ショウエイです。サク殿を連れてまいりました」
少し間を置いて、重い扉がゆっくりと開く。
「じゃ、サク。お先に…」
振り返ることなくそうサクに声をかけたショウエイは、恭しく拝礼すると王の間へと入っていった。
ショウエイに続きサクが中に向かって声をかけ、拝礼しようとしたその時、ずいぶんと苛立ちを含んだ声が廊下まで聞こえてきた。
「サク! いいから早く中に入れ!」
声の主は他ならぬ新王、シムザだった。
サクは扉のところで丁寧に拝礼して頭を下げると、そのまま奥に進み、国の頂点にいる王の側近達がずらりと並ぶ、その一番下座に上座の壇上にいる王と向かい合うようなかたちで腰を下ろし、床に額をつけて平伏した。
「そういうのはいい。で、どうだったんだ? 早く皆に…」
どこか焦っているように見える王の様子に、サクは平伏したまま思わず笑いをこらえる自分をごまかすかのように目の前の床を睨み付けた。
そしてそのままの状態で小さく一息吐くと、ゆっくりとした動作で身体を起こした。
「では…早速ではありますが報告させていただきます」
左右にずらりと並んだ王の側近達と、正面の王の視線が一点に集まる。
サクは傍らに置いた書類を手に取ろうともせずに口を開いた。
「まず、ユウヒとユウヒが逃がしたという例の罪人ですが…やはり以前から面識があったという事で間違いないようです。王都下の、とある見世物小屋で一緒だったとか。それで何故、此度のような騒動になったのかというその原因ですが、どうやらユウヒが自分こそがこの国の王なのだと言い張っていたようです」
視界を埋める居並ぶ面々の反応を見るかのようにその表情をさっと流し見たサクの視線が、正面に向けられたところで止まった。
側近達の列の一番上座にいるショウエイを始めとして、皆が驚いたような顔をしている。
サクはそのままで話を続けた。
「妖獣や妖魔の類。つまり人間でない者達にとって、ユウヒの存在がおそらく救世主か何かのように思えたのかもしれません。ユウヒが何故自分が王であるなどと騙ったのかわかりませんが、自分達の様な存在を少しでも認めてくれる可能性のあるユウヒに、人間である新王が即位してしまうより先に玉座についてもらおうと担ぎ上げたのかもしれません」
「それはあの女がそう言ったのか、サク」
そう口を挿んだのは、本来であればユウヒの取調べを行い、その処遇を決めるはずである法令等を司る白虎省、通称秋省の大臣、ソルだった。
それをまるでたしなめるかのように、向かい側からソルの方へ扇を持った手がスッと伸びた。
ショウエイだった。
彼は祭祀や儀礼を司る青龍省、通称春省の大臣を勤めている。
「秋大臣、まぁ最後までお聞きなさい。サク殿、続けて」
サクは一応恐縮したような態度で春秋両大臣に向かって頭を軽く下げ、確認するようにショウエイに声をかけた。
「あの…ソル秋大臣には?」
それを聞いたショウエイはソルを一瞥して頷くと、サクにまた言った。
「聞きたい事があるのはここにいる者、皆同じです。それを逐一聞いていては話が先に進まないというもの。まずはサク殿の話を全て聞いて、何かあるならばその後です。そういう事ですから…サク殿、先を続けなさい」
ソルが苦虫を潰したかのような顔をして目を逸らすと、ショウエイは呆れたように扇で自分の手の平をとんと音を立てて打った。
「サク殿」
「わかりました」
ショウエイに促され、サクは一礼してからまた話を続けた。
「では続きを…ユウヒが王を騙った事が結果的に今回の騒動の、事の発端となってしまったのは疑う余地もないようですが、ユウヒ本人が先導して今回の事態を引き起こしたかどうかという話になると、そちらの方はどうもそうとは言い切れないようです。逃がした罪人、シオというらしいのですが、このシオ以外の人間とユウヒはどうやら面識がなさそうなのです」
そう言って、サクは側近達の反応を伺ったが、どうやら視線の程には皆あまり興味は持っていないような印象を持った。
むしろ自分から一番離れた上座にいて、真正面からこちらを睨みつけるように見つめている王、シムザがこの件についてはどうやら一番気にしているようだった。
サクは目を閉じて静かに一つ深呼吸をすると、また目を開き、今度は正面を向いて話の続きをし始めた。
「かと言ってあのシオという男。まだ少年と言ってもいいようなあの男に、国中に広がる今回の騒動を起こせるとは思えない。ましてやそれを先導できるような力があるとは到底考えられません。もっとこう…組織のようなものが中心となって動いていると考えた方がいいでしょう。ただ残念ながら、それを特定するところまでは叶わなかったと刑軍より聞いております」
どんな言葉に誰が反応するか知りたいサクは、参考にはあまりなりそうにない持参した書類を手に取ると、意味ありげにその中身に目をやる振りをして言葉を切るたびに大臣や王の様子を窺ったが、やはり正面の王以外は目に見えた反応はしていない。
かと言って、居並ぶ面々は誰もがこの国の頂点にいる王の側近達である。
一筋縄ではいかないことは、サクも重々承知の上だった。
サクは視線を書類からまた正面に戻して口を開いた。
「一つの組織が先導しているというよりも、どこかで生まれたその火種がが各地に飛び火したのではないかと私は見ています。そしてどこに飛び火したとしても、それらの一連の騒動の拠り所となっているのがユウヒの存在ということなのでしょう。で、ユウヒなのですが…」
サクは一息ついて、またすぐに口を開いた。
「私はその場に居合わせなかったのですが…禁軍将軍シュウ殿より伺いましたところによると、刑軍と剣を交えた折にその姿が、異形の者に変化したとか。しかしながらユウヒは自分の事を妖混じりではなく人間だと言っています」
「当たり前だ! ホムラの実姉なのだぞ!? ホムラとその家族の血にまで疑念を持つか貴様」
憤慨した様子で正面からシムザが言うと、さすがに場の空気が大きく揺れた。
王はそれを自分への追い風と取り、さらに言った。
「サク。ホムラへの非礼は私が許さぬ。言葉を改めよ」
シムザがそう言うと、サクは頭を下げることすらもせずに言葉を返した。
「ホムラ様への礼を欠いたつもりはございません。事が王の存在を揺るがしかねない今、すべての可能性を検証し明らかにしていく必要があると考え、その一つとして申し上げたまででございます。事の委細を明らかにするようにと、秋省より全てをこのサクが任せられております。疑念を疑念のままにしておいては正しい答えなど導き出せるはずもないように思われますが、王におかれましてはホムラ様への礼を尽くすためであればそれもやむなしとお考えでいらっしゃいますか?」
王に対し物怖じすら感じられないサクの言い様に、大臣達も思わず顔を歪める。
ショウエイは反応を盗み見るように、扇で顔を隠して王の方へと好奇の視線を向けていた。