サクの決断


 ショウエイのその端整な顔には、微かに笑みさえも浮かんでいた。

「私も…ジンの羽根なのです。驚きましたか、サク?」

 詰めていた息を一気に吐くと、サクはその問いに返事をした。

「えぇ、まさかこんな近くに羽根が…しかもそれが大臣だなんて思いもよりませんでした」
「ははは。王の側近でさえも一目を置くあなたのそのような表情が見れただけでも、ジンに感謝しなくてはなりませんね」
「…まったく、ジンもショウエイ殿もお人が悪い。城では一人でどうにかするしかないとばかり思っておりました。で、その…ジンからの伝言というのは?」
「あぁ、それですが…どうも私には要領を得ないのでジンから聞いたそのままを伝えますが…サク、それでもよろしいか?」

 持っていた扇で口許を隠してそう言うショウエイに、サクは大きく頷いて言った。

「えぇ、もちろん。ジンはなんと言ってきたのですか?」

 サクの問いに、ショウエイはすっと歩み寄り少し背を屈めると、扇で口許を隠したまま、サクの耳元で小さく言った。

「闇夜の烏も耳を澄ませば見つけられる…でしたかな」
「はぁ? ジンがそう言ってきたのですか?」
「えぇ、そうですよ」

 サクは少し首を傾げ、もう一度聞き返す。

「それだけ、ですか?」

「えぇ。これだけです」

 そう答えて、ショウエイは扇を小さく音をたてて閉じた。

「さて…あまり遅くなってもいらぬ疑念を生むだけ、王の間へ急ぎますよ」

 ショウエイが歩き始め、サクは仕方なくその少し後ろについて歩き出した。
 サクに与えられたのは王の間に着くまでのほんの僅かな時間しかない。
 書類を抱えた手に汗が滲んでくる。
 ジンの伝言も気になったが、今はとりあえずサクはユウヒをどうするか、必死になって考えをまとめていた。

 王の名を騙ったなどといえば、通常であれば間違いなくその場で死罪となる。
 しかし、刑軍も、禁軍将軍すらも居合わせたというのにユウヒはそうはならず、捕らえられた後も拘束すらされずに地下牢でもない特殊な空間にただ幽閉されているだけだ。
 もちろん牢ではない常闇の間に入れるように指示を出したのはサク自身なのだが、それを咎める者、異論を唱える者は一人としていなかった。

 ――なんだろう?

 奇妙な違和感をサクは感じ始めていた。
 何か起きたら全ての責任をサクに押し付けて切り捨てようとする動きは今に始まった事ではなかったが、それにしても今回は自分への風当たりというものをサクは全く感じられないでいた。
 ユウヒがホムラ様の実姉だという事もあるにしろ、罪人に対して周りが余りにも寛容すぎる。

 ――それに…。

 サクは前を行くショウエイの背に目をやった。
 王の間にはすでに王を始め、側近達が集まっているという。

 ――俺がユウヒのところに向かった時点で動いたって言ったか…早すぎやしないか?

 小さく溜息を吐いて、サクはもう一度頭の中を整理し直す。
 すると一つの考えが浮かび上がってきた。

 ――俺も疑われてる、ってことか。

 そう思った途端にジンからの伝言が気になり始めたサクは、もう一度ショウエイから聞いた言葉を反芻してみた。

 ――『闇夜の烏も耳を澄ませば見つけられる』か。闇夜で見つけにくい鳥、闇夜…暗闇…烏、黒い鳥…漆黒の翼の事か。俺達の動きに気付かれないように注意しろ、言葉通りならそういう意味だろうが…違うな。注意しろって時に伝言を頼むような馬鹿な真似をジンがするはずない。だとすると…どういう事だ?

「どうしました?」

「ふぇっ!?」

 突然、前を行くショウエイに声をかけられ、サクは驚いて間抜けな声を出した。

「どうって…」
「先ほどからずっと、眉間に深い皺を寄せて小さな溜息を吐いてばかり…歩きながらでは考えがまとまりませんか?」

 ショウエイが小さく振り返ってそう言うと、サクは苦笑しながらそれに答えた。

「いえ、そんな事は…大丈夫です」
「そうですか」

 微かに笑みを浮かべ、ショウエイはまた前を向いたが、その歩みが幾分遅くなったようにサクは思った。

 ――時間をくれるというのか。微々たるものだろうが…今はありがたい。

 サクは思わず顔を歪め、そしてまた必死になって考えを巡らせた。
 ユウヒを死罪にという声は今のところサクのところまでは届いていない。
 それが罪人を逃がした際の一連の出来事のせいなのか、ユウヒがホムラ様の実姉であるせいなのかははっきりとはわからないが、どちらにせよそれを利用しない手はない。

 ――そのあたりを衝かれると強くは出られないとみていいのか?

 いつの間にかサクの溜息は止まり、ただ難しい顔をしたまま静かにショウエイの後ろを付かず離れずの距離でサクは歩き続けた。

「…サク」

 ショウエイの足が止まり、サクは名を呼ばれて驚いたように顔を上げた。

「は、はい。なんでしょう、ショウエイ殿」

 サクの言葉を聞いてショウエイは苦笑して言った。

「なんでしょう…って、しっかりなさい。王の間に着きましたよ、もう入っても大丈夫ですか?」
「あっ! あ、あぁ…はい。申し訳ありませんでした。その、大丈夫です。入りましょう」
「そうですか。では、まいりましょうか。私が先に入りますから」

 そう言ってショウエイはすぅっと息を吸って扉の中に向かって声をかけた。