「…不思議だな」
「うん。あ、不思議といえば…」
何か言いかけたユウヒに、先を促すようにサクが首を傾げた。
一瞬話す事を躊躇ったようにみえたユウヒがそのまま話を続ける。
「サクも不思議だよ。初めて会った気がしない。わかるんだよ、何がしたいのか、何を考えているのか。だからいろいろやりやすい。こっちの事も…」
「あぁ、わかるな。水の話とかはよくわからないけれど、最後のだけは俺にもわかる。一緒だと仕事もすごくやりやすい」
「そうか。あ、ひょっとしたらさ、過去のいつか…生まれ変わってくる前っていうのかな。サクが王様でさ、私がそれに仕えていたりした、とか?」
ユウヒがそう言うと、サクは意外そうにすぐ言葉を返してきた。
「それはないな」
そう言われて、ユウヒは少し調子に乗りすぎたかと自嘲するように肌掛けで顔の半分を覆った。
「そ、そうだよね。そんな馬鹿みたいな考え…」
「違う。俺が上はないって、そう言ってるんだよ。一緒にいたんだとしたら、そっちの方が上で俺がその下だろうな。器が違う」
「え? 何それ…」
驚いたようにユウヒが聞き返すと、サクは腕を組み首をまた傾げた。
「俺にもわからん。でもさっきのユウヒの言葉を聞いた時にそう思ったんだよ。何でかな…」
ユウヒは妙に納得しながらまた口を開いた。
「馬鹿にされるかと思った。幼い女の子が言いそうな夢物語だって…」
「あぁ、そういえばそうかな。でもそうは思わなかったよ…なんでだろう」
「…面白いね」
その言葉の後会話は途絶え、静けさが戻ってきた。
時間も何もわからないその場所で、サクはふと我に返って言った。
「さ、もう話はおしまいだ。たくさん寝て、体力を温存しておいてもらわないと…」
「話しかけてきたのはそっちよ? でも…今日は寝られそう。全部ここからだもんね、いっぱい寝て力を貯めておかなくちゃ」
もぞもぞと体勢を変えたユウヒに、サクは肌掛けを再度掛けなおしながら声をかけた。
「でもあまり無理はするな。ここで死なれては笑い話にもならない」
そう言ってユウヒの肩に手を置くと、そのサクの手にユウヒの手が重なった。
「それなら心配ないよ。今度は私の方が見送る番。絶対に…先に死んだりしないから…」
サクの身体が思わず身震いする。
「は?」
驚いたように聞き返したサクの言葉に、ユウヒの返事はなかった。
「あれ? ユウヒ?」
声をかけたがやはり返事はなく、添えられていたユウヒの手が力なくぱたりと落ちた。
「…寝たのか。話には聞いていたが…本当に一瞬だな」
サクは笑みをこぼし、肌掛けの中にユウヒの手をそっとしまってやった。
どうやらユウヒは本当に熟睡してしまったようで、サクはそれを確認すると静かに立ち上がり、持ってきた書類と消音石を手に部屋の出口の方へと歩いて行った。
すでに頭の中は翌日呼び出されるであろう大臣や王の側近達への対応でいっぱいだった。
自分の言葉がこの国の進む道を決めるのだ、失敗は許されない。
怪しまれないように自分の思う方向へ進めるにはどうするべきか、何を隠して何を伝えるべきか、何度も何度も頭の中で反芻した。
「私だ、出るぞ。開けてくれ」
中の様子を窺うために設けられた、扉にある小窓を開けて外にいる者へ声をかける。
ごそごそという物音に続いて鍵を開ける金属音がその小さな窓越しに聞こえ、部屋の空気が微かに揺れた。
「お疲れ様でございます。その…大丈夫でしたか?」
「あぁ、大事無い。部屋に戻る。脱走の恐れはないが念のため厳重に鍵をかけておけ」
「わかりました」
「見張りも頼んだぞ」
一通りお決まりの指示を出すと、サクは自分の執務室へと急いだ。
話を進める段取りと、その後のユウヒの動きとを繰り返し考える。
そんなサクの行く道を塞ぐように、何者かが目の前に現れた。
「待っていましたよ、サク」
聞き覚えのあるその声に、サクは慌てて拝礼して顔を上げる。
サクの目の前にいきなり姿を表したのは、王のすぐ側に仕えている側近の中でもかなり切れ者として知られる大臣、ショウエイだった。
「こ、これはショウエイ殿! こんな時間に…どうなされました?」
「実は他の大臣連中がどうしてもユウヒ殿の処遇を早急に決定したいと言って聞かないんですよ。サク、このまま一緒に来てもらえますか?」
ショウエイの言葉にサクは驚いて顔を曇らせた。
「今からですか? まだユウヒから話を聞いたばかりで、これから執務室に戻って…」
「戻る? そんな時間はありませんよ。ここにサクが向かった時点で、王の取り巻き連中が上部に召集をかけましてね。王も含めて、皆が王の間であなたが戻るのを待ちかねているのですよ」
「あなたは…どうなのですか、ショウエイ殿」
「もちろん、呼ばれていますよ。だからこうして少し遠回りして、あなたを呼びに来たんです」
涼しげな顔で、ショウエイはその長身から見下ろすようにサクに視線を投げる。
まだ頭の中の整理がつかないサクは、何となくその視線から逃げるように頭を下げて言った。
「そうでしたか。それはお手を煩わしまして…申し訳ありません」
「いえいえ、謝ることはありませんよ。あなたにお伝えする事もありましたしね」
「伝える事、ですか?」
サクが訝しげに聞き返すと、ショウエイは小さく言った。
「えぇ。ジンからの伝言です」
ショウエイの言葉に思わずサクの身体が硬直する。
驚きを隠そうともせず、顔を上げたサクはショウエイの顔を見入った。