サクの決断


「ごめん。何度も言おうと思ったんだけど…」
「…まぁいい。今ここで過ぎた事を責めても時間の無駄だ」

 サクは消音石の光をかざし、辺りを見回した。
 その様子を見たユウヒが声をかける。

「座るなら隣にどうぞ。ここに椅子はないみたいなんだ」
「隣って…お前そこ、寝台だろう。俺だって一応男なんだぞ」
 呆れたようにサクは言葉吐いたが、言われた通りユウヒの隣に腰を下ろした。
「ハハッ、それでも座るんだ」
「あ? だってこの床では尻が痛いだろう? それに冷たいのは嫌だ。…で、早々に本題に入りたいんだけど、いい?」
「どうぞ」

 ユウヒが応えると、サクは持っていた書類をしばらくの間パラパラと捲っていたが、不意にそれを消音石の灯りを置いた棚に投げ出すと唐突に切り出してきた。

「ユウヒ。お前が蒼月で、間違いないんだな?」
「うん、そうだよ。ホムラの祭でリンが私を選んだんだ。間違いなく私が蒼月だよ」
「そうか…」

 そう言うと、サクは少し考え込むような素振りを見せた。
 ユウヒはただ黙ってサクの次の言葉を待った。

「…やってくれるよ…こんな悔しいのは久々だ」
「うん…」
「って、ちょっと言いたかっただけだよ。本当に悔しかったし、ちょっと哀しかったし…かなり頭に来たからね」

 サクはそう言って笑うと、ばつが悪そうに顔を歪めた。
 ユウヒが言葉に詰まっていると、サクは真顔に戻ってまた口を開いた。

「じゃ、本当にここから本題。スマルからいろいろ聞かせてもらったから、それが全部本当の事だという前提で話をさせてもらうよ? 同じ事を二度聞くのは時間の無駄だ。いや、それより最初に確認したい。今回の一件はやけを起こして、もう全て諦めての行動ではないと思っていいね?」

 ユウヒが頷くのを確認すると、サクも頷きそのまま話を続けた。

「少し安心したよ。で、常に四神と共にあるって事なんだけど、多少の危険はユウヒ一人でどうにか切り抜けられると思っても大丈夫?」

 ユウヒは少し首を傾げると口を開いた。

「多少の危険? 守護の森でどうにか一人でやってきたけど、その程度の危険なら…」

 その言葉に今度はサクの方が少し考え込み、そしてまた口を開いた。

「俺にはその森での危険がどの程度のものかがわからない。ただ、四神からの加護というか助けというか…そう言ったものは期待できると思っていいか、そこが知りたい」
「あぁ、そういう事か」

 ユウヒは頷いて、話を続けた。

「皆、私がこの国のために立とうとしている限り、私と共にあるって言ってくれてる。私がこの道を諦めてないって事は、まぁ何かあったら助けてくれるんじゃないかな? 少なくとも、命を落とさない程度には…力を貸してくれると思って大丈夫だと思う。何だったら、直接聞いてみる?」
「え…っ、いや。その、会ってはみたいが時間が…じゃ、ユウヒ一人だとしても他に守ってくれる者がいないってわけじゃないんだな。そうか…えっと、ユウヒ。今一番気がかりなことはなんだ?」

 不意に訊ねられたユウヒが驚いたようにサクの方を見る。
 その視線に応えるように、サクはゆっくりと頷いた。

「リンの事。今回の件でリンがどうにかされるような事はある?」
「…ないだろう、たぶん。王があのお方である以上、ホムラ様の身の安全は保障されていると思っていいだろう。ホムラ郷についてもまた然り、だ」
「そうか。それを聞いて安心した」

 ユウヒの安堵が部屋の空気を和ませる。
 サクの話はまだ続いた。

「じゃ次。ユウヒ、お前は今、自分に何が足りないと思ってる? その…王になるのに…あぁ、くそっ。どう言ったらいいのか…」

 サクの視線が床の一点に止まり、例によって耳の後ろあたりの髪の毛をいじりながらいろいろと考えを廻らせて言葉を探している。
 そんなサクの様子を感じ取ったユウヒは、サクの言葉を待たずに口を開いた。

「光、だね。私もうまくは言えないんだけど…そうね、こういうので例え話っていうのもどうかとは思うけど、いい?」
「かまわない」

 サクが頷き、ユウヒは話を続けた。

「私の名前、蒼月には月というヒヅ文字があるよね。でも昼の青を残した蒼天でいくら月が輝いても、それだけなんだよ。みんな朝を待ってる。いや、たぶん夜はとっくに明けているの。だけど、私がいたところで何も変わらない、いつもと同じ朝が来ただけ。昼間の月って、ぽっかり浮かんでるだけでしょ? 力が足りないんだ…いつもと違う朝が来たことを知らせなくちゃいけない。光がいるの、もっと強い光が。いつもと違う日が始まる夜明けなんだってわからせるだけの強い光が…いくら頑張ったって今の私には…無理なんだよ」

 熱っぽくそう語るユウヒは、妙な高揚感を覚えていた。
 言葉にしていくことで自分が蒼月だということ、王であることを自覚していくような感覚。
 一つ一つの自分の言葉が体中に染み込んでいくようだった。
 サクはユウヒのそんな言葉を黙って聞いていたが、髪を弄っていた手はいつの間にか下ろされ、ユウヒの事をまっすぐに見つめていた。

「自信、とも少し違うんだ。光、例えるならそんな…あの、何?」

 ユウヒが聞くと、サクは静かに笑った。

「いや、思っていた以上に…同じ事を考えていて驚いた」
「…そっか。でも今のでわかってもらえたんだね。良かった」

 そう言ってユウヒも笑った。

「なぁ、ユウヒ」

 サクが少し声を落としてユウヒに話しかけてきた。
 今までの話とは違うのだとユウヒは感じて、一度大きく伸びをしてから返事をした。

「何?」
「ユウヒのその…そこまで俺を信頼してくれる根拠はなんだ?」
「え? 何をいきなり…」

 驚いたようにユウヒが聞き返すと、サクは戸惑ったように言葉を続けた。

「なんで俺の言いたい事が…しようとしている事がわかる? 一緒にいたからじゃない、最初からそうだった。俺がして欲しかった事をしてくれる、俺が聞きたかった言葉をくれる。それはいったい…何なんだ?」