床、壁、扉へ続く細い通路、そしておそらく天井も全て石造りの部屋だった。
明かりとりの窓すらもない閉ざされた空間である。
四方の壁に一つずつはめ込まれている消音石の放つ弱い光以外に光源はない。
壁伝いに歩いてみてその部屋はそれなりに広い事がわかったが、それに比べて消音石はあまりに小さかった。
拳大の石四つでは到底明るさなど足りるものでもない、そこは本当に真っ暗だった。
それに加えてこの部屋の暗闇は不思議な事に目を慣れさせない。
いくら時間が経過しても、小さな消音石の光があるにも関わらず目の前にあるものの他にユウヒの視界に暗闇の黒以外の光景が映ることはなかった。
――常闇の…呪、かな?
どこからか入ってくる風を感じるし、呼吸が苦しくなる事もない。
三つの塔のうち、一番左側の塔のどこかにある部屋だとしかわからないこの暗闇の中に、ユウヒは一人閉じ込められていた。
自分は罪人なのだろうと思うが枷を付けられているわけでもなく、しだいに鈍っていく時間の感覚の中でユウヒは一人時間を持て余していた。
――シオは逃げられたのかな。ちゃんとホムラ郷に着いたんだろうか。
もう何度となく繰り返し、そして最後に一つの想いが残る。
――リンは…大丈夫だろうか?
ユウヒはそれだけが気がかりだった。
足音も、誰かの話し声もなく、自分がたてた物音以外にはただ静けさと暗闇しかない。
ユウヒは備え付けられている寝台にごろりと横になった。
板の上に少し黴臭い肌掛けが置いてあるだけの粗末なもののようだったが、守護の森で過ごした夜の事を考えればそれで十分だとユウヒは思った。
――どれくらいここにいるんだろう?
自分の感覚だけで時間の経過を知ろうとするが、日ごろから特に規則正しい生活を心がけているわけではないユウヒは、いったいこの部屋に入ってからどれくらいの時間が流れたのかわからないでいた。
それだけではなく、今が昼なのか、夜なのか、それすらもわからない真っ暗な空間にユウヒは閉じ込められているのだ。
暗闇の中、手探りだけで部屋の中の様子を把握した。
なにより不安や恐怖を感じていない自分を、ユウヒは不思議な程すんなり受け入れていた。
感じているのは、根拠のない信頼感と安堵だった。
閉じ込められおいて安堵も何もないと自嘲するようにユウヒが顔を歪めた時、暗闇を裂く一筋の光が音もなくユウヒに向かってまっすぐに伸びてきた。
――…何?
光に目が眩み、身体を起こしたユウヒが思わず手を翳して顔を背けると、苛立ったような口調のサクの声が聞こえてきた。
「ここからは俺一人でいい。お前達は合図があるまでここで待て。日付が変わるようであれば見張りを交代するといい。そのあたりは任せる」
その指示に答える声が小さく部屋の中に響いてくる。
ようやく目が慣れてきたユウヒが辺りをおそるおそる見渡すと、そこはやはり牢ではなく、光を奪われていること以外は極普通の部屋だった。
寝台と棚、卓などの位置を確認した後、ユウヒは光の方を見た。
「サク…」
小さくつぶやいたその声が聞こえたのかどうか、光に浮かび上がったその人物の影が一瞬揺れたように感じた。
「では、頼んだぞ」
サクがそう言うと、光の筋がだんだんと細くなり、やがて扉が完全に閉まるとまた決して目が慣れることのない暗闇が戻ってきた。
「うわ…話には聞いていたが、本当に全然見えないな。ユウヒ! そこにいるのか?」
慎重に一歩一歩近付いて来る足音が部屋の中に響く。
「いるよ、こっち…」
ユウヒが声をかけると、暗闇の中にサクの姿がぼんやりと浮かんで見えた。
「…え、何?」
不思議そうにユウヒが訊ねると、サクから返事が返ってきた。
「消音石だよ。灯りの代わりに持ってきた」
弱い光で足元を照らし、ゆっくりと近付いてきたサクは寝台に座るユウヒの前に立った。
「何を頑張り過ぎているのかと思ったら…こういう事だったんだな、ユウヒ」
サクの声が低く響いた。