月の消えた夜


「そう…なのか?」

 半信半疑のサクの言葉にスマルが頷く。

「だと思う。その信用がどっから来るとか、そこまではわからない。けど…あんたならわかってくれると踏んだんだよ、あいつはきっと」
「俺ならわかるって…スマルじゃあるまいし、わかるわけないよ」

 困ったようにサクが言うと、スマルも苦笑して言った。

「俺だってわかんないでしょ…いや、そういう問題じゃなくて! あいつが蒼月なら…あいつが王になった時に朔を勤めるのはたぶんあんたしかいない。それはたぶんあいつも、いや、あいつだけじゃなくてジンさん達もきっとそう思ってる。だからあいつは…ユウヒは全部あんたに託して行動を起こしたんだよ。そうは思わないか、サク」

「それは…」

「あんただって蒼月が誰であれ、この国の行く末を考えた時にそれくらいの事は考えたことが一度くらいはあるだろう? だったら、そういう視点で全部解きほぐしていけば、あいつがどうして欲しいのか、きっとあんたにはわかるはずなんだよ」

 言葉の強さとは裏腹に、何とも苦しそうに言葉を吐き出すスマルを見ながら、サクは言われた事の意味をしっかりと噛み締めていた。
 自然と手は髪の毛に伸び、背もたれに身体を預けてぼんやりと物思いに耽り始める。

 ――あ…本当だ。考えごとを始めると…。

 髪を弄っている自分に気付いたサクは、ユウヒに言われた言葉を思い出して苦笑した。

 何かを考え始め、サクの表情が変わったの見たスマルは立ち上がると、空になった湯呑み茶碗を手に、新しいお茶を淹れる準備を始めた。

 サクが新しく火を点けた煙草の香りが、部屋に少し漂っている。
 スマルは黙ったまま、サクの次の言葉を待っていた。
 ユウヒが好きだった花の香りのするお茶を淹れスマルが卓に戻ると、お茶の礼を小さく言ったサクがそのまま話し始めた。

「一つずつ…確認していってもいいか? まだ点と点が繋がらない。間違ってはいないと思うけど、憶測じゃなくて事実が知りたい」
「…どうぞ」

 スマルもまた煙草に火を点けてそう言うと、サクは頷き、先を続けた。

「まず、ユウヒが蒼月だって知っているのは誰?」
「俺が知っている範囲でしか答えられないけど…郷では俺、俺と一緒にリンの護衛についてたキト。それにユウヒの両親とチコ婆様、あと長老様もひょっとすると知ってるかもしれない。サクの知ってる人だとジンさんとカロンさん、リン、あ、ホムラ様と…カナンさん」
「カナンだって?」

 サクが驚いて聞き返すと、スマルは黙って頷いた。

「なぜカナンが知っている? そういえば何かおかしな行動をとっていたようだな」
「おかしな行動?」

 サクは頷いてそのまま続けた。

「宝物殿で門外不出の品々が置かれている場所にカナンが入った形跡があったらしくてね、不思議に思ってた」

 スマルはそれを聞いて納得したように返事をした。

「それなら…王冠を見るようにとユウヒが言ったそうです。蒼月が誰っていうんじゃなくって、シムザや先代の王が真にその地位に着くべき人間じゃない事がわかるとか何とか…そういう事で」

 その話には身に覚えのあったサクが思わず苦笑した。

「なるほど。それをユウヒに言ったのは俺だ。でもそんな話、いつの間にカナンと?」
「俺があんたの執務室に泊まった…あの次の日の朝、カナンの方からユウヒを訪ねて来たそうだ。はっきりとは伝えなかったらしいけど、でもまぁ言ったも同然というか…」
「そうか…わかった。それ以外には誰もいない?」
「…おそらく。俺の知る限りでは」

 やけに喉が渇く気がして、スマルは淹れたてのお茶を一口流し込んだ。
 喉の奥が熱くなり思わずスマルが顔を歪めると、同じようにお茶を飲もうとしていたサクが慌ててその手を止めて、静かにゆっくりとお茶を啜った。

「じゃ、次。都で起こった火事の事を聞きたい。あれを消したのは?」

 スマルは湯呑みを置いてから口を開いた。

「あの時は炎の中にユウヒが知り合いを見つけたって言って…その、今回の騒ぎのシオだけど、あいつとシオは見世物小屋に出てた時知り合ったと聞いている。で、俺とあいつで炎の中に入ってったんだ。あ、そうだ。シオも蒼月だって知ってる一人だな。それで、シオを助けるために…あいつが玄武を呼んだんです」
「…やはり玄武か。あながち間違っちゃいなかったんだな、俺も。まさか蒼月が自分の目の前にいるとは思わなかったけど…」

 サクが苦笑するのを見ながら、スマルはそのまま話を続けた。

「シオを助け出したのは俺だ。あの火事があった辺りはシオ達の一族、イル族が住んでた場所なんだそうだ。一見して人間のようだけど、イルは特別な能力を持ってる。ただ…火事の一件があったからと言って今回の騒動にそのイルがどこまでかんでるのかはわからない」
「そうか。なぁ、スマル。玄武がいるということは…他の?」

 サクが聞くと、スマルは頷いてすぐに答えた。

「あぁ、みんないる。常にユウヒと共にあると聞いちゃいるが、正直なところよくはわかんねぇ。ただ四神は皆あいつが呼べばすぐに現れるから、常に一緒にいるってのも、まぁそうなんだろう」

 スマルの言葉にサクは少し考え込んでから口を開いた。

「今日の事だけど…あれはどういう事? 髪の色が変化したり翼が生えたり、ユウヒはその…妖混じりなのか?」
「いや、あいつは人間だよ。ただ蒼月になってからなのかな、四神の力を使えるらしい。力だけを借りる場合もあれば、自らと融合させて四神本来の姿になる事もできるらしい。そこまでのは俺も見た事がないけれど、今日のは一部だけ力を借りたとかそんなんじゃないか? 力を使うと痣は浮き出るらしい。剣を振るう力があがったのはおそらく白虎、翼は朱雀の力を借りたんだろう」
「そうなのか…あれ、スマルは土使い、だったよな?」
「ん? そうだけど…」

 突然自分に話が振られて驚いたようにスマルが煙草を揉消すと、サクももう短くなった煙草を消してまた口を開いた。

「やっぱり特別な力を持っているんだろうな、お前も。五行の一角だろう?」

 サクに言われてスマルは少しだけ考えてからそれに答えた。

「俺自身に力があるってわけじゃない。少なくとも俺自身はそう思ってる。俺の身体を使って黄龍の力を借りるというか…俺はその媒体でしかないような気がしてる。実際、黄龍と話をしていても感じるんだけど、土使い自体がそういう力を備えた特別な存在っていうわけじゃないと思うよ」