月の消えた夜


「今、国を騒がしている旅の一座の事は知ってるか?」

 スマルが頷くのを確認して、サクは先を続けた。

「その看板役者が捕まったんだ。どうやらそれがユウヒの知り合いだったらしい…シオというんだそうだ。知ってるか?」

 シオという名を聞いてスマルの顔色が変わった。
 スマルのその反応を見て、サクは返事を待たずにそのまま話を続けた。

「連行してきた刑軍とやり合って…騎獣に乗せて逃がしたそうだ」
「刑軍と、ですか? 誰か他に加勢したとか? いくらなんでもあいつ一人で刑軍を相手に…」

 戸惑った様子でスマルが訊くと、サクは溜息を一つ吐いて言った。

「一人だよ。正確には一人と言い切れないと思ってるけど…なぁ、スマル。ユウヒは何者だ?」
「…へっ?」

 火を点けようとしていた煙草がスマルの手から落ちた。
 サクは構わず話し続けた。

「刑軍相手だからね、当然最初はユウヒの方が圧されてたそうだ。それがあるきっかけで逆転してね、結局ユウヒの方が刑軍を圧倒してしまったらしいよ」

 燭台の火で煙草に火を点けたスマルが思わず問い返す。

「きっかけ?」

 サクは淡々と話し続けた。

「髪が突然、湧き上がった白煙のように真っ白に変わったそうだ。瞳も金色に…それも猫か何かの獣のような目だったと聞いている」

 スマルはぼんやりと漂う白煙を見つめ、ただ黙ってサクの言葉に耳を傾けている。

「それに真紅の翼で空に舞い上がったとも…両腕には火炎のような深い青色の痣が浮き上がっていたそうだ」

 様子を窺うようにサクがスマルを見据える。
 スマルはその視線に応えるように顔を上げ、口を開いた。

「そ…ッスか。で、俺は何から話せば…」
「全部だ。知っている事全部、もういいだろう? あんなの聞かされりゃさすがにもう俺だってユウヒが蒼月だって事くらいわかる。お前が知っている事を全部話せ」
「全部? 俺一人の判断で全部話せって事ッスか?」

 ごくりとスマルが生唾を飲み込む音がする。
 サクは苛立った様子で頷いた。

「当たり前だ。状況が飲み込めずにいる大臣達がこの件について全部俺に丸投げしてきた。相手はホムラ様の実姉だからな、下手なことして自分の進退に関わったら困るって事だろう。それに得体の知れない力をユウヒが持っているって事で連中…馬鹿みたいに警戒している。面倒な事は俺に回ってくる、いつもの事だ」

 スマルがまだ答える事を渋っていると、サクは声を荒げてさらに言った。

「俺がどう対応するかにユウヒの…いや、この国の行く末がかかってるって言ってんだよ! 考える余地なんてないだろう、全部話せ!」

 ユウヒの、と言いかけたサクの言葉がスマルの心に突き刺さった。
 無意識の言葉なのだろうが、サクの中でもまたどういう形であれユウヒは特別な存在なのかもしれないと、スマルは自分の中で何か澱んだ感情が渦巻いているのを感じた。
 しかし今はそんな感情に流されている状況ではないと、スマルは口を開いた。

「わかりました、全部話しますよ」

 スマルが言うと、サクの顔に安堵の色が浮かんだ。

「あぁ、そうしてくれ。それと…普通に話せ。お前に丁寧に話されると、何だか調子が狂う」
「はぁ…」
「何だろうな、ユウヒもそうなんだけど…妙に違和感がある。俺にはその、魂の記憶だとかそう言ったものは何もないんだけれど…」

 先ほどまでの勢いが嘘のようなサクの様子に、思わず笑いがこみ上げてくる。
 スマルは緊張を解いて、ふぅっと一息吐いた。

「それ、何となくわかるかな…じゃ、そうさせてもらいます」

 そう言ったスマルはおもむろに座りなおし、組んだ腕を卓に乗せて話し始めた。

「サクさんの言った通り、ユウヒが蒼月です…あれ? どうかしました?」

 驚いたように自分を見ているサクに気付きスマルが話を止めると、サクはハッとしたように我に返り、髪を煩わしそうにかき上げて言った。

「いや、あぁは言ったけど…あんまりあっさり教えてくれるから」
「あぁ、それで…」

 スマルはそう言って笑うと、少し冷めかけたお茶を一気に飲み干してまた口を開いた。

「今あいつに何かできる奴がいるとしたら、それはもうあんたしかいない。それに…」
「それに?」

 サクが先を促す。
 スマルは込み上げてくる感情を抑え、少し顔を歪めて言った。

「あいつがそういう行動に出たのは、たぶんあんたがいるからだと俺は思うから。もしもその場に俺達がいても、あいつは同じ事をしたと思う。ずっと次の一手を探していたし、自分にできる事は何かってずっと考えてた。感情に流されてるように思えるかもしれねぇけど、あいつはここだって時に何の考えもなしに動くような真似は絶対にしねぇ…きっと何か思うところがあったから行動に移したんだ…と俺は思う」

 サクの戸惑ったような視線を感じながらも、スマルはそのまま先を続けた。

「うまく言えねんだけど…こういう事態になったらあんたは絶対にあいつが蒼月だって気付くし、俺はあんたに全て話す事になるだろ? 仕事手伝ったりしてたみてぇだし、全部があんたのところに行くってわかっててあいつは動いたんだと俺は思うんだよ」