「あ…」
「おかえり、スマル。随分と早かったね」
部屋の中にいたのはサクだった。
見てすぐそうだと感じ取れるほどに、サクは苛立っていた。
「どうしたの? 早く中に入るといい」
サクに言われてスマルは部屋に入り、後ろ手に扉を閉めた。
泣き腫らした顔のヒヅルが、痛々しいほどに無理矢理な笑みを浮かべてスマルを迎える。
部屋の中はサクが吸っていた煙草の煙で若干白く煙っていた。
「スマル様、どうぞ」
湯気と香りの立ち上るお茶が置かれると、スマルはそこへ、サクと向かい合うようにして腰を下ろした。
「戻ってすぐここに来たのか」
「…はい」
「帰城は明日の予定だと連絡入ってたけど…」
「………」
返す言葉がスマルには見つけられなかった。
だがそんなスマルの様子が、逆にサクの中で何かを決定付けたらしい。
手にしていた煙草を灰皿に押し付けて揉消すと、サクはスマルが入ってきてからひどく落ち着きのなくなった女官に声をかけた。
「私にも新しいお茶を淹れてもらえるかな? そしたら君には、少し席をはずしてもらいたい」
「…はい。仰せの通りに…」
ヒヅルは小さく拝礼し、お茶の準備を始めた。
手が震えているのか、手にしている茶器がカタカタという音を鳴らす。
必死にそれを抑えようとしているヒヅルに、スマルが声をかけた。
「ヒヅル。大丈夫か?」
「…は、はい。申し訳ありません」
とても大丈夫とは言い難いその様子を見かねたスマルは立ち上がると、気の毒なほどに動揺しきっているヒヅルの許に歩み寄った。
「ここはいい、俺がやるから。ヒヅルは外へ…」
「ぃ…やっぱり嫌です」
スマルの言葉に、とても小さい声だったがヒヅルははっきりと拒絶の意思を表した。
「サクさんの話、聞いてただろ?」
茶葉の瓶を手に取り、スマルが諭すようにヒヅルに話しかける。
だが、ヒヅルに聞き入れようとする様子はない。
「なぁ…ヒヅル。俺はまだ城で何が起こったのかは知らねぇんだけどさ…あいつ、お前に何か言ってたか?」
サクが後ろで聞き耳を立てているのには気付いていたが、スマルは構わずヒヅルに言った。
ヒヅルは寂しげに首を横に振ると口を開いた。
「何もおっしゃっては下さいませんでした」
「そっか…」
スマルと話す事で少し落ち着いたのか、スマルの手から茶葉の瓶を受け取ると、ヒヅルはいつもよりも幾分ゆっくりした動作でお茶を淹れる準備を始めた。
「ヒヅル。申し訳ないけど、あいつが何も言わなかった以上俺からも言ってやれる事は何もない。ただ…ヒヅルにはいつかあいつの口からきちんと説明させるからさ、もうちょっと、我慢しといてくんねぇかな」
「…どうしても、同席は認めていただけませんか?」
縋るようなヒヅルの視線に、スマルは微かに笑みを浮かべて返事をした。
「あいつが何も言わなかったのなら、ここで俺からサクさんに頼むわけにいかない。ごめんな」
ヒヅルのお茶を注ぐ手が震えている。
スマルは後は自分がやるからとヒヅルから茶器を受け取り、淹れたてのお茶をサクのところまで運ぶと、すぐにヒヅルのところに戻りその肩に優しく手を置いた。
「ヒヅル、粘ったって無理なもんは無理だよ。絶対にあいつから話をさせる。だからさ…」
「…わかりました」
ヒヅルの目から涙が溢れ、スマルは一瞬肩に置いた手を引こうとしたが、そうはせずにそのままヒヅルに扉の方へ行くよう促した。
ヒヅルもどうやら諦めたらしく、促されるままに部屋の出入り口の方へと歩いて行った。
スマルが扉を開けてやると、ヒヅルは名残惜しそうにスマルとサクを交互に見つめ、その場で丁寧に拝礼した。
俯くことで落ちた涙が、ぽたぽたと床にいくつもの染みを作る。
スマルはヒヅルの肩をぽんぽんと叩くと優しく声をかけた。
「あいつなら大丈夫だから…そんなに泣くなって、な?」
それを聞いたヒヅルは、拝礼の姿勢で顔を隠したままで小さく言った。
「スマル様。ユウヒ様をお守り下さいませ。ユウヒ様を…」
「わかってる。大丈夫だから…」
「…ぁ、ありがとうございます。失礼いたします」
ヒヅルはそう言って、顔を見せないよう踵を返して女官の詰所の方へと歩き出した。
その背中を少しだけ見送ると、スマルは部屋に入り、閉めた扉に鍵をかけた。
サクに背を向けたまま一呼吸おく。
卓に戻り椅子に腰掛けると、待ちかねたサクがすぐさま口を開いた。
「やはり、何も知らなかったのは俺だけだったって事か」
「…何の話です? それよりまず、今日何があったのかを先に聞かせてもらえませんか?」
サクは怪訝そうな顔はしたものの、すぐに話し始めた。