カウンター 11.衝動

衝動


「お気を付け下さい、将軍!」

 そう言って、シュウを護衛するかのようにその前に剣を持った兵士が立ちはだかる。
 シュウは目の前の二人の肩をぽんぽんと叩いて言った。

「必要ない。剣をひけ」
「で、ですが…」

 兵士が戸惑いの声を上げてもシュウは首を横に振るだけだった。

「いいから剣を下ろして後ろにさがっていろ」

 どうしていいかわからないでいる二人を腕で押しのけ、自分に向かって歩いてくるユウヒの方へとシュウも足を向けた。
 押しのけられた兵士はその背後に控えている。
 シュウが立ち止まると、ユウヒはその目の前まで来て足を止めた。

「勝手してすみません」

 そう言ってユウヒが頭を下げると、シュウはいつもと同じ調子で口を開いた。

「まったくだ。で、なんだ、さっきのは。お前、妖だったのか?」
「いえ、人間だと思います」
「なんだよそりゃ。じゃ、あれか、術師か何か…さっき結界に穴を開けてたよな?」

 禁軍の将軍にまで上り詰めるような男だ。
 固定観念で物事を決め付けて見るようなことはしないらしい。
 むしろ理解の範疇を超えた出来事を、もつれた糸を解くようにして自分なりに咀嚼しようとしているのだろう。
 怖い人だ、そうユウヒは感じていた。

「いえ、術師とか、そういうのでもないと思います」

 ユウヒの言葉にシュウが思わず顔を皮肉っぽく歪める。

「自分の事なのに断言しないんだな。おかしな奴だ」
「…すみません」
「いや、なんか拍子抜けするな。さっきまでの勢いはどうした」

 手を腰に当て、のぞき込むように自分を見るシュウに、ユウヒは微かに笑みを浮かべて言った。

「シオは犠牲者なんです。罪人なんてとんでもない…彼を逃がす事ができたのなら、私はもうそれでいい。これ以上、剣を振り回す理由もない」
「そのためにお前が罪人となり、囚われることになってもか?」

 呆れたようにシュウに言われ、ユウヒも思わず苦笑する。

「まぁ、結果的にそうするしかなかったし。後悔とかはないですから」
「…お前、自分が王だ、とか…さっき言わなかったか?」

 どう返事をしたものかとユウヒが言葉を探していると、それに気付いたのかシュウは不意に質問を変えてきた。

「それより…翼を広げる一瞬前だ。お前のつぶやいた言葉が気になっているんだよ、俺は。あの時お前確か…」
「将軍! 罪人をいつまでこんな所に置いておくんですか? ほら、刑軍の連中がさっきからうずうずして待ってますよ?」
「え!? いや、そうじゃなくて俺が聞きたいのはだな…」

 ユウヒの肩を掴み、何とか自分の聞いた言葉が本当かどうかを確かめようとするシュウだったが、自分を見つめるユウヒの瞳はその口から返事を聞きだすよりも確かな答えを伝えているように見えた。
 ハッとしたように肩に置かれた手の力を緩め、シュウは静かにユウヒに言った。

「聞くなってか? 全く…お前はいったい何なんだ?」

 その言葉にユウヒが力なく笑うと、シュウは手を上げて刑軍達を呼び寄せた。

「連れていけ。ただし、こいつはホムラ様の姉君だ。失礼のないように…」
「罪人に失礼も何もないでしょう、将軍?」

 ホムラ様という言葉を聞いたユウヒが、自嘲気味にそう言うと、シュウは頭を少し倒して後方を指し示すと言葉を継いだ。

「あそこでずっと泣いてるお前んとこの女官への配慮だよ。主が目の前で手枷なんぞをはめられるところを見たくはないだろうからな」

 そう言われてユウヒはハッとしたように顔を上げ、シュウの肩越しに言いつけを守り距離を保ったままで不安そうにこちらを見つめているヒヅルを見た。

「…ありがとうございます」
「おい、刑軍。こいつは逃げやしない。枷なんぞ必要ないからな…あ、そうだ。ユウヒ、剣を俺によこせ」

 ユウヒは頷くと腰布を緩め、剣を二本ともシュウに渡した。

「こいつは預かっておく。大丈夫だ、きちんと手入れはしといてやるから」

 シュウの言葉にユウヒは思わず笑みをこぼした。

「お願いします」

 そう言って頭を深々と下げると、ユウヒは刑軍二人に両側から腕を掴まれ、そのまま一番左側の塔の中へと消えて行った。
 シュウはふと、今朝ユウヒが思わずこぼした言葉を思い出した。

「気を張ってないと折れそう、か…あいつは何を背負ってるんだ?」

 そう一人つぶやいてみるが、今のシュウにわかるはずもなかった。
 シュウはユウヒ達が塔に入ったのを確認すると、その一部始終を見守っていた野次馬達に向かい声を張り上げた。

「ほら、ここはもう終わりだ。とっとと持ち場に戻れ!」

 禁軍将軍の声に、人だかりが一気に崩れて散らばっていく。
 それまでの騒動がまるで嘘のように、人で溢れていた中庭は静まり返り、シュウとヒヅルの二人だけがその場に立ち尽くしていた。

「おい、大丈夫か?」

 ユウヒの剣をぶんぶんと振ってシュウがヒヅルに声をかけると、ヒヅルは袖口で涙を抑え、慌ててその場に膝をついて拝礼した。

「…は、はい。その…だ、だぃ…大丈夫…です」

 しゃくり上げながらも必死に言葉を吐き出すヒヅルのもとに、シュウは笑みを浮かべながらゆっくりと歩み寄った。
 その距離が縮まったのに気付いて、ヒヅルの身体が見てそれをわかるほどに硬直している。
 シュウは袖の向こうに隠れているヒヅルの頭にぽんと手を乗せると、とても穏やかな優しい声でヒヅルに言った。

「お前、頑張ったなぁ。辛かっただろう? まったく、困った主を持ったな」

 そう言って無造作に頭を撫でられて、ヒヅルの目からまた涙がこぼれ落ちる。
 懸命に張っていた糸をぷつりと切られて、ヒヅルはその場に崩れ、声を上げて泣き始めた。
 シュウはその傍らに腰を下ろすと、すぐ脇にユウヒの剣を置き、目の前で泣き崩れる女官の背をずっと優しく撫でてやった。

 静かな中庭を風が通り過ぎていく。
 不意に上空に何者かの気配が現れた。
 結界の中に飛び込んできたのは一頭の騎獣だった。
 ゆっくりと下降してきたそれは、中庭にいる二人の少し先に着地した。

 騎獣から降りたその人物が、中庭の二人に気付くなり何事かと騎獣と共に近付いてくる。
 その姿を確認したシュウが手を上げて声をかけた。

「遅かったじゃないか。もう全部終わっちまったぞ」

 近寄ってきたその人物は、シュウに軽く頭を下げると不思議そうに口を開いた。

「何の事です? その女官はいったいどうしたんですか?」
「まぁ、こいつの事はいい。それより…さっきユウヒが収監されたぞ」

 シュウの言葉を聞いた途端、その人物の顔色が変わった。

「どういう事です? いったい何があったんですか」
「さぁな、ユウヒは自分が一連の騒動の首謀者だと言っていたが…何がどうなっちまったんだか、俺にもわけがわからんよ。なぁ…お前は何か知っているか、サク」

 サクの顔が苦しげに歪む。

「…わかりません」

 そう言ったきり黙りこくり、手にした騎獣の手綱を悔しそうに握り締める。
 サクはただ蒼褪めた顔をして、その場に立ち尽くす以外なかった。