「ユウヒさん…なんて事を…」
シオの目からまた涙がこぼれ落ちる。
ユウヒはシオの肩に手を置くと、力なく首を振った。
「僕達は…こんな事のために……ち、がう…」
シオが悔しそうに声を噛み殺すと、ユウヒはシオをかばうように背中側に押しやり、後ろに伸ばした手をシオの腰に回した。
「首謀者を捕らえるのでしょう、将軍?」
ユウヒがシュウに向かってそう言うと、遠巻きに見ていた野次馬達が、怖れおののいて数歩後ずさる。
動かなかったヒヅルは、人だかりの中からぽつんと飛び出すようなかたちになってしまった。
泣き続けているヒヅルがユウヒの視界に入る。
――ヒヅル…。
何が起こっても近寄るなと言った自分との約束を守っているのか、ただ恐れているだけなのか、ヒヅルは言われた通り近寄ってくる事なく、だが退くこともせずにその場に立ち尽くしている。
何とも健気なその姿に心が折れそうになる。
その心を奮い立たせて、ユウヒは改めてシュウと向かい合った。
「首謀者は私。私がこの国の本当の王なんだって、シオ達に吹き込んだの。今回のこの騒動、すべてはそこから始まってるのよ」
「ユウヒさん! 何を言ってるんですか!!」
「シオは黙って」
何とか黙らせようとするシオをユウヒが押さえる。
いくらシオが男だからと言っても、今のユウヒに力でかなうはずがなかった。
そのユウヒの方に向かって、シュウがゆっくりと歩み寄ってきた。
このままではシオはまた捕まってしまう。
そう思った時、ユウヒはまた動いた。
「シオ、ごめん」
すっと身をかがめたユウヒの肘が、すぐ後ろにいるシオの鳩尾に入った。
「…ぅっ」
うめき声をあげて崩れ落ちるシオをユウヒが抱きとめた。
「おい、お前何を…」
駆け寄ろうとするシュウを前に、ユウヒはまたその名前を口にした。
「朱雀、お願い」
「…何っ!?」
訝しげな表情でそう言ったシュウの前で、その前掛けのような独特なかたちをした着衣でむき出しになったユウヒの背中から真紅の大きな翼が現れた。
ばさっばさっと羽ばたく音がして、シオを抱いたユウヒの体が宙に浮かぶ。
足を掴んで止めようとしたシュウの手が空を掴んだ。
「お願い、誰か力を貸して」
ユウヒが言うと、遠巻きに見ている野次馬達が戸惑って互いに顔を見合わせている。
だがユウヒの視線は全く違うところを見ていた。
その視線の先に現れたのは、一頭の騎獣だった。
すっと宙を駆けてユウヒの前まで来ると、騎獣はその歩みを止めた。
その光景は、どう見てもユウヒの言葉を理解しているようにしか思えなかった。
足元の人だかりからざわめきが起こる。
そんな中でシュウだけが一言も発することなくユウヒの方を見つめていた。
「この子をどこか安全な所に…心配ないよ、じきに目を覚ますから大丈夫。森か…いや、ホムラ郷でいい、あそこにはスマルがいる」
ユウヒは騎獣の背にそっとシオを乗せると、奇獣の頭をそっと撫でてやった。
「落とさないように気を付けてね。シオを頼むよ」
そう声をかけると、その騎獣はよく通る声で一声吠え、東に向かって宙を駆け出した。
「…お、おのれぇ。騎獣を止めろ! 逃がすな!!」
足元が騒がしくなり、禁軍か、刑軍なのか、兵士達が矢の準備や騎獣の用意をし始める。
ユウヒはそちらの方に注意を向けながらも、自分の内側へと声をかけた。
「結界をどうにかできる? シオを通してあげないと…」
――わかりました。
ユウヒの呼びかけに応じる青龍の声がして、ユウヒの身体が自然に印を結ぶ。
「解!」
ユウヒのものとは思えない声がユウヒの口から漏れ、その途端、シオの前方の空がゆらりと揺らいだ。
騎獣はその穴を通って城の結界を抜けると、勢いよく宙を蹴って風と共に走り去った。
「追え! 逃がすな!!」
シオ追走のための三頭の騎獣がユウヒに迫ってくる。
ユウヒはシオの消えた方角に背を向けて兵士達と対峙した。
「行かせない。首謀者は私だと言ったでしょう? あの子を火事の現場から逃がしたのも私、火事を消したのも私。あの子は誰かに嵌められただけだ」
その言葉をまるで聞こえないかのように無視して進もうとする兵士に対して、ユウヒは腰の剣を抜いた。
「聞こえないの? 行かせないと言っているでしょう?」
騎獣の背にいる兵士達も剣を抜きユウヒへと向かってくる。
ユウヒは背中の翼を自在に動かして宙を舞い、三人の兵士の剣を交わしている。
地上から矢が飛んで来ないのはおそらく味方の兵士に当たってしまいそうだからだろう。
ユウヒは東の空を見た。
もう黒い点を見つける事も困難になったのを確認すると、ユウヒは大きく翼を広げて二、三度羽ばたき上昇し、そのまま宙でくるりと回って下降し始め地上へと降り立った。
「ありがとう、二人とも」
――いえ…。
朱雀の声が聞こえる。続いて白虎からも返事があった。
――あんまり無茶しないでくれよ、ユウヒ。
ユウヒは思わず苦笑した。
「うん…気を付けるよ」
その声と共に、ユウヒが「いつものユウヒ」に戻った。
翼も跡形もなく消えてしまい、ただ腕にある火炎の痣だけがくっきりと残っていた。
刑軍四人を倒してしまった光景を見ていたせいか、剣を持った兵士達もユウヒとの間合いを詰めようともせずに睨みつけている。
ユウヒは剣を鞘に納め、シュウの方へと歩き出した。