「ユウヒさん! いけない!!」
「シオは黙って!!」
不意を突かれて体勢を崩した一人の刑軍の目の前に飛び出したユウヒが、剣の柄を思い切りその後頭部目掛けて振り下ろす。
いきなり殴られ、面の下から苦しそうなうめき声を漏らした一人がその場に崩れ落ちたのを合図に、シオを連れた刑軍が一人後方に下がり、残りの二人が剣を抜いた。
ユウヒは剣を構えたまま退こうとする様子も見せない。
後方からゆっくりと近付いてきたシュウが口を開いた。
「何をやっている! 馬鹿な真似はよせ!!」
「嫌だ。この子は逃がす。勝手な都合で無実の人間を…あんたら命を何だと思ってんのよ」
そう小さく言ったユウヒがまた踏み込むと、剣を手にした刑軍二人がそれに応戦する。
相手は男、しかも鍛え上げられた刑軍二人を前にユウヒは明らかに劣勢だった。
「おいやめろ、ユウヒ。いくらお前でも刑軍の男二人相手に、かなうわけないだろう!」
剣を退くようにと促すシュウの言葉もユウヒは聞き流した。
シュウが溜息混じりに苦笑する。
「おいおい…本気か、ユウヒ」
剣がぶつかり合う金属音が静まり返った中庭に響く。
舞うように剣を振るうユウヒも、さすがに刑軍の男二人を相手に息が上がってきた。
視界の端にはあの時と同じように自分を見つめるシオの姿、炎の中で見たのと同じあの瞳から涙が溢れていた。
袖が引き裂かれ、腕が露わになる。
間合いをとったユウヒは隙を見せないように気を配りながら、邪魔な上着を自ら剥ぎ取り、傍らに投げ捨てた。
汗ばんだ背中に、通り過ぎる風が心地よい。
極度の緊張感の中、ユウヒは不敵な笑みを浮かべた。
――覚悟を…決めるか。
女の力では到底かなわない事もユウヒはわかっていた。
だが一つだけ、この場からシオを助け出せる方法がある。
ユウヒに迷いはなかった。
「白虎、お願い」
『い、いいのかよ?』
「かまわない。ここで行かなきゃ…」
独り何かを小さくつぶやくユウヒにシュウが声をかけようとしたその時、それは起こった。
踏み込んだユウヒの剣を二人の刑軍の男が受けた。
するとユウヒの周りがまるで陽炎でも立ったかのように揺らぎ、その腕には蒼い火炎のような模様が浮かび上がった。
圧され気味だったユウヒの足が地面をしっかりととらえて踏みしめる
突然湧き上がった煙のようにユウヒの髪の毛が白銀に輝く。
風もないのにふわふわと髪がたなびき始め、瞬きして開いたユウヒの瞳は金色の光を放った。
「……なっ?」
言葉を発しないはずの刑軍の面の下から声が漏れた。
その一瞬の隙を突いてユウヒが腕に力を籠めると、今度は刑軍の男達の方が圧し戻され、踏ん張った足がずるりと地面を滑った。
互いを牽制し合い一歩退き、また踏み込む。
それまでとは違い、ユウヒの舞うような動きの方が刑軍の二人を圧倒していた。
辺りに響く剣のぶつかる音が重い。
明らかにユウヒの力が格段に上がっていた。
「なんだ…あれは…」
つぶやいたのは禁軍将軍、シュウだった。
辺りがざわめき始める。
ざわめきが漣のように広がり、大きなうねりとなっていく。
今、目の前にいるその人物が、本当に自分達の知っているその人なのかと疑念を抱く。
金色の瞳に白銀の髪。
見慣れたその人とはあまりにも異なっていた。
「ユウヒ様…」
溢れる涙を拭おうともせず、ヒヅルはただすっかり変貌してしまったユウヒを見つめていた。
部屋を出る時にもうここまでの覚悟をしていたのかもしれない、なぜ自分は主の事を止めなかったのか、いろいろな思いがヒヅルの中で渦巻いていた。
しかし不思議とユウヒの姿を怖いと思う気持ちはなかった。
ただ、涙が溢れて止まらなかった。
キンという音が二度聞こえ、何かが地面に落ちる音がした。
それに続いてユウヒと剣を交えていた刑軍二人が、どさっという音とともに膝から崩れ落ちる。
二人の持っていた剣を飛ばしたユウヒがそのまま懐に踏み込み、その柄が二人の鳩尾に入ったのだ。
ユウヒは剣を一本鞘に納めると、そのままとんと地面を蹴ってシオの方へと向かった。
その跳躍は驚くほどに軽く、とても人間の動きとは思えないほどにすばやかった。
シオを捕らえていた残りの刑軍をすぐ様倒し、ユウヒはシオの手枷を壊してはずした。
「大丈夫? シオ…」
息があがっていたのが嘘のように呼吸は全く乱れていない。
ユウヒは寂しげに笑みを浮かべた。