「なんのつもりだ、ユウヒ」
そう言ったのはその一行の傍らにいた禁軍将軍、シュウだった。
「…待って下さい。この人が何をしたっていうんですか?」
ユウヒはシュウではなく、捕らえられている人物の方を見て言った。
後ろ手に枷をつけられ項垂れているその人物は、無理にユウヒの方から目を逸らそうとしているようにも見える。
その周りを、薄気味の悪い面をつけた刑軍が四人で取り囲んでいた。
「シオ…」
ユウヒが声をかけたが、その人物が顔を上げることはなかった。
「なんだ。知り合いか?」
シュウが言うと、ユウヒは頷き、シュウの方に向き直って言った。
「友人です。彼がいったい何をしたって言うんですか?」
シュウは訝しげな表情をして、ユウヒの方を見つめている。
目を逸らそうともしないユウヒは、再度口を開いた。
「なぜ彼が捕らえられたのか、教えていただけませんか?」
シュウは溜息を吐くと、ユウヒに向かって言った。
「お前も噂くらいは聞いた事があるだろう? 神話伝承を題材にしたものとはいえ、こいつらの公演の内容は著しく王への礼を欠いているばかりか、それによって民衆にあらぬ妄想を抱かせた。王都じゃまだそうでもないが、青州の方ではもうそれが洒落にならん動きにまでなっている。見過ごすわけにはいかんだろう」
ユウヒは心配そうにシオの方を見つめた。
シュウはさらに言葉を継いだ。
「それにだ。こいつはもともと罪人だ。お前が城に来る少し前の話なんだが…都で大きな火事があったのを知っているか? あれはこいつの仕業なんだそうだ」
「…は?」
ユウヒの鼓動が一気に高鳴り始めた。
急に表情の険しくなったユウヒに気付きながらも、シュウは淡々と話を続けた。
「あれだけの大きな火事だったからな。巻き込まれたんじゃないかと刑軍の方の捜索も打ち切られていたんだが…まさかこんなかたちで捕まえられるとはな」
ユウヒの眉間に皺が深く刻まれる。
その様子を不思議そうに見つめるシュウに向かって、ユウヒは震える声で言った。
「おかしいだろう、その話。なぜ犯人だと知っている? なぜ放火した人間があの火事の炎の中にいたんだと知っている? …どう考えたって、仕組まれた罠じゃないか!」
シュウは表情一つ変えずにユウヒを見つめている。
ユウヒの言葉はまだ続いた。
「あの火事がシオの仕業だっていうんですか? 馬鹿な事を言わないで下さい。自分の大切な人達がいる場所に火を放つ人間がどこにいるの…炎の中で、この子がいったいどれだけ苦しんでたと思ってんのよ。全部…全部誰かが巧妙に仕組んだ計画じゃないですか」
「妙な言い掛かりをつけるな、ユウヒ。何を根拠にそんな事を言っている?」
シュウがそう言ったが、ユウヒはその言葉を聞き流して刑軍の方を向いていた。
噂の一座の花形役者を一目見ようと集まっていた女官達や、罪人連行を冷やかし半分に見に来ていた野次馬達の視線が、今はユウヒに集中していた。
好奇の視線に晒されながら、ユウヒはシオを取り囲んだ刑軍に向かって言った。
「この子は利用されただけです。王の…王の威厳を保つだか何だかっていうそんな理由で、人外の民達への見せしめとして犠牲にされそうになっただけです。シオは何もしていない!」
「そんな事はないだろう? 火事の件は置いておくとしても、今回の騒ぎはもう酔狂だ何だと笑って見過ごせるようなもんじゃないんだ。国内が大きく揺れている、民意が王から離れ始めているんだぞ? そんな常軌を逸した行動を続けている連中を見過ごせるわけないだろう。首謀者を押さえるのは当然の事だ」
背後からシュウの言葉がユウヒの背中に突き刺さる。
ユウヒは湧き上がってくる怒りを必死になって抑えながら、震える声を搾り出して言った。
「その子を…離して下さい」
「はぁ?」
ユウヒの言葉にシュウが間の抜けた声を出した。
「おいおい…ユウヒ。お前、俺の話を聞いてなかったのか?」
「…聞いてました。だから離してくれとお願いしているんです」
シュウの顔が曇り、ユウヒの真意が何かを必死に推し量っているが、ユウヒは刑軍の方を向いたままだ。
「首謀者は…その子じゃない」
ユウヒがそう言った途端、ずっと目を逸らすように俯いていた罪人の顔色が変わった。
弾かれたように上げたその顔に血の気はなく、脅えたようにユウヒを見つめている。
ユウヒはその視線に応えて静かに笑みを浮かべると、次の瞬間、逆手に持った腰の剣を一気に引き抜いて勢いよく踏み込んだ。