「おはようございます。禁軍がこんなに…何事ですか?」
近付きながらユウヒが声をかけたのは、禁軍の将軍を務めている男でシュウと呼ばれている。
シュウはユウヒに気が付くと手を上げて笑みを浮かべた。
「今日はホムラ様が郷へお帰りになるからな…その護衛だ」
「あぁ、それで…あれ? でも禁軍が出張って行ったらここは? シムザ…あ、王はここにいるでしょう?」
ユウヒの言葉にシュウは苦笑し、周りにいくつか指示を出すとその場所からユウヒと共に少しだけ離れた。
「最初は全軍を出せという指示でな…正直まいったというか何というか。どうにか三分の一だけでいいことになったんだが、まったく…王は何を考えておられるやら」
困ったようなシュウの顔を見てユウヒは思わずふき出しながら言った。
「ほんの少し前までは庶民だったヤツだ。大切な恋人の里帰りだから心配でならないんだって、思ってやって下さいよ」
「王をそんな風に言うヤツはお前くらいだろうよ、ユウヒ」
「…まずいですかね?」
「いや、少なくとも俺の前では大丈夫。人を選べということだ」
「はい、気を付けます」
顔を見合わせて二人が笑っていると、帯剣を済ませたスマルがヒヅルと共にこちらへ近付いてくるのが視界の隅に入った。
シュウもそれに気付いて、ユウヒと交互に見ながら口を開いた。
「スマル、お前の部屋に泊まったんだって?」
「げぇっ! 禁軍将軍までそういう事言いますか!? どこまで拡がってるのよ、もう」
愉快そうに笑いながら、シュウはユウヒを宥めるようにその肩に手を置いた。
「それ聞いて落ち込んでる連中もいたぞ? なかなかやるじゃないか、スマルも」
「あのねぇ…何もないんですけどねぇ」
「え? そうなのか? なんだ…だらしねぇ奴だな、スマルも」
「将軍! あんたなんて事言ってんですか」
不貞腐れて吐き出すユウヒを見て、宥めるように置かれていた肩の手が静かに下ろされた。
「禁軍には女官の中に妻がいる連中もいるからな…噂も案外早く回ってくるんだぜ?」
「へぇ、そうなんだ」
「今回はユウヒがらみってんで、いつもは噂なんか気にもしない連中まで巻き込んで、えらい盛り上がりようだったぞ」
「それもちょっと、なんだかねぇ」
横で小さくなっているユウヒの背をシュウがどんと叩く。
少しよろめいたユウヒを見て笑いながら、シュウは近付いてきたスマルに声をかけた。
「よぅ、色男。お前、禁軍を敵にまわしたぞ?」
「はぁあ? あ、おはようございます。何を言ってるんッスか、シュウさん」
戸惑った表情で挨拶をするスマルの方に、シュウが笑いながらユウヒを押しやった。
「まぁ、気にするな。今朝も稽古か?」
「はい。時間もないので通しで一度だけ…」
「そうか」
スマルがの言葉にシュウは頷いて辺りの人間を見回した。
「おいっ! ユウヒ達が剣舞の稽古をするそうだ。お前ら、場所を空けてやれ!」
シュウがそう声をかけると、その場にいた禁軍兵士達が手際良く場所を空けていく。
程なく、即席の演舞場のような空間が出来上がった。
「トウセイ! サジ! 準備はどうなった?」
副将軍の二人にシュウが声をかけると、少し離れた場所から返事が返ってきた。
「全て予定通りに進んでおります!」
「こっちもだ、シュウ!」
その声にシュウが頷いてユウヒとスマルに言った。
「客がいた方がやりがいもあるってもんだろう?」
にやりと笑ってシュウが言うと、言葉に詰まったスマルとユウヒが返事の代わりに顔を見合わせて大きな溜息を吐いた。
「ところで…あそこで小さくなってるのは、お前達の連れじゃないのか?」
シュウが顎を癪って指し示した方に目をやると、膝をついて拝礼したまま、遠慮がちに俯いてるヒヅルの姿があった。
「お前の女官か、ユウヒ。俺がいるからこっちに来れないんだろう」
シュウの言葉にユウヒはハッとしたようにヒヅルを見つめた。
確かに、自分付きの女官が禁軍将軍と同席が許されるはずもない。
ユウヒは困ったような顔をして、シュウに向かって口を開いた。
「将軍。実は…あの子が剣舞を見たいと言っているんですよ。同席させていただいても構わないでしょうか?」
すでに腰をおろして地面に手をつき、楽な姿勢でいるシュウが、苦笑して答える。
「俺はいっこうに構わんよ。ただ…お前が連れて来てやらないと、あの女官、あのまま動かんぞ? 俺はこんなだが…肩書きだけはたいそうなもんを背負ってるからなぁ」
そう言ってシュウが笑うと、ユウヒは迷わずヒヅルのところまで歩いて行った。