城へ


「失礼いたします、ユウヒ様」

「え…いや、ちょっ…」

「御髪を梳かしますので…」

「あ、ちょ…」

 どうにか振り払おうとしても、三対一では何とも分が悪い。
 もうどうにでもなれと諦めて、ユウヒは三人に身を委ねるしかなかった。
 笑顔の女達は手際よくユウヒの髪を解き、服を脱がしていく。
 脱いだ衣服は洗って部屋に届けられるということで、一つの籠にまとめて入れられ、女の一人がどこかへ持って行ってしまった。

 どうにも情けない表情で、ユウヒがそれを見つめていると、ユウヒに湯浴み着を羽織らせながら、女の一人が口を開いた。

「ユウヒ様がお好きだからと、ホムラ様の命により本日の湯は花湯となっております」
「ホムラ様? …リンの?」

 ユウヒが聞き返す。
 湯浴み着の袖にユウヒの腕を通し、腰の紐を緩く結びながらもう一人の女がそれに答えた。
「はい。どうぞこちらへ…浴室の中は、もう花の香りで満たされておりますよ」
 手を曳かれて立ち上がったユウヒが、女達に両手を曳かれて浴室の前に立つ。
 女の一人が扉を開けると、閉じ込められていた花湯の香りが湯気と共に溢れ出してきた。

「ぅわぁ…いい香りだね」

 思わずユウヒが言うと、女達はやっと本物の笑みを浮かべて口を開いた。

「いろいろな花を私達が合わせました。ご趣味に合うとよろしいのですが…」

 そう言ってまた歩き出す。
 立ち込めた湯気が肌にまとわりついてくる。
 程よく湿った肌にはり付きそうになる髪の毛を、何者かが後ろ側からすっと束ねて持った。
 驚いてユウヒが振り返ると、先ほどユウヒの脱いだ服を持って行った女が戻ってきて背後に立っていた。

「どうぞ」

 左側から声がしてユウヒが向き直ると、お湯で満たした桶を持った女がまた椅子に座るようにと手を差し出している。
 言われた通りにユウヒが座ると、熱すぎない湯をユウヒにゆっくりとかけながら、女達は湯浴み着の上からユウヒの身体を優しく擦った。

「あぁ、もう! 自分でやるってば!!」

 その妙に艶かしい女達の手の動きに、ユウヒの我慢も限界に達した。

「貸して!」

 戸惑った視線を投げかけてくる女の手から桶を奪い取ると、ユウヒはお湯を自分でざばざばとかけて立ち上がった。

「どこに入ればいいの?」
 ユウヒがわざと語気を荒げて訊くと、女達は懲りもせずユウヒの手を取りにきた。
「大丈夫。足を滑らせたりしないし、転んだって言いつけたりしないから」
 ユウヒがそう言うと、女達は困ったような顔で言った。

「いえ…あの、そういうわけには…」
「私達は、ユウヒ様の湯浴みの世話をするようにと…」

 女達に促されてユウヒは花びらのたくさん浮かんだ乳白色の湯にゆっくりと身を沈める。
 大きな溜息と共にユウヒは目を瞑って言った。

「わかったよ。じゃ、ここからはあなた達の仕事の邪魔はもうしない…でも、今日だけね。シムザと…あぁ、そっか。新王様とホムラ様には私から伝えておくから。今回だけは、あなた達に全部任せるよ」

 目を開いて女達を見ながらユウヒが頷くと、女達はホッとしたようで、嬉しそうな笑みを浮かべてまたユウヒの周りに近付いてきた。

「では、お手伝いさせていただきます。まずはゆっくりと温まって下さいませ」

 そう言って最初に現れた時のように浴室の床に座って頭を下げると、準備があるからと言って三人ともそそくさとその場から離れていってた。

「はぁ。こりゃまた落ち着かない風呂だねぇ…」

 一人残されたユウヒは、天井を見上げてまた溜息をついた。

 離れた場所から支度に追われる女達の忙しない足音が聞こえてくる。
 ユウヒは心地よい花湯の香りを身体全体にいきわたらせるかのように大きく吸い込み、女達が戻ってくるまでの短い至福の時を満喫していた。

 やがて戻ってきた女達によって髪、身体を綺麗に清められ、垢すりや爪などの手入れに至るまで全身隈なく磨き上げられたユウヒはやっと浴室から出る事を許された。

 それでも女達の「湯浴みの世話」は終わることはなく、身体の水分を拭き取った後、今度は着替えの手伝いが始まった。
 さすがに下着はユウヒが女達から奪い取り、自ら身に付けたのだが、この機に乗じてその先も全て自分でやろうと考えたユウヒの手が、どうした事かぴたりと止まった。
 いったいどうすれば全部着ることができるのか、見当も付かないほどの装束を持ってこられ、ユウヒもこれには手も足も出せなかった。

 ユウヒが諦めたと見るや否や、女達は本領発揮とばかりにユウヒの着衣を手際よく進めていく。
 羽織らせては紐で縛ったり、留め具をかけたりを繰り返し、すべての装束を身に着け終わった時にはもう、ユウヒは疲れ果てていた。