その頃、その塔の玄関前では、女中達に囲まれてユウヒが困り果てていた。
ユウヒの待遇は、たかだか王宮お抱えの剣舞の舞い手でしかない。
とはいえユウヒはホムラ様の実姉であり、さらには王の友人でもある。
その対応に失礼のないようとの心遣いが、逆にユウヒを困らせているのだ。
「ユウヒ様、お荷物はこちらで全部でしょうか?」
「えっ? あぁ、はい…」
「まずはお湯を…」
「お湯? え? 何?」
あちこちから同時に声を掛けられ、何が何だか要領を得ない。
何よりも、自分に向けられた取ってつけたような笑顔がユウヒはたまらなく気持ち悪かった。
「あの…自分で出来ますから…」
そう言うユウヒの言葉には全く聴く耳を持たず、女中達はユウヒの荷物を持ち、その手を曳いて塔の中へと導いていった。
塔の中は、ユウヒが思っていたよりも、落ち着いた雰囲気だった。
煌びやかな装飾があちらこちらに施されているのかと想像していたが、厭味でない程度に施された細工や装飾からは品の良さが漂っている。
どの色もやや暗めに統一されており、重厚感に溢れた塔の内部は、その隅々にいたるまで手入れが行き届いていた。
高い天井を見上げ、ユウヒは思わず足を止めて息を呑む。
少し煤けた金箔の上に、四神達のその荘厳な姿が絵巻物のように描かれていた。
柱や梁の落ち着いた色合いの中で、そこだけがまるで別世界のように光り輝いて見える。
大胆で力強いその筆使いに対して、幾重にも塗り重ねられたその色彩はとても鮮やかで、その二つが絶妙に調和して絵の迫力を増幅させている。
圧倒されながらもその天井絵に見惚れているユウヒに、女中の一人が気付いて声をかけた。
「ユウヒ様。まずはお湯をいただいて下さいませ。あの…本日はこの後の予定も立て込んでおりますが、明日でしたら…王宮内を案内して差し上げるようにと新王様より仰せつかっております。ですから…」
ユウヒはハッとしたようにその女中の方を見た。
「あぁ、ごめんなさい…つい見入ってしまって」
「いえ…」
そう言って先を歩き出した女中に付いて、ユウヒもまた歩き始めた。
さほど長くはない廊下を何度か曲がり、階段を下りると、熱気でひどく蒸した場所に出た。
ユウヒが襟元を少し崩して当たりを見回していると、さきほどの女中がまた声をかけてきた。
「殿方用の湯は別の塔の地下にあります。こちらはすべてご婦人用ですので、いつでもご利用になって下さいませ。ではユウヒ様、こちらへ…」
先へ行くようにと促される。
指示通り、ユウヒが目の前の入り口のような場所から中へ入ると、熱気はさらに増してきた。
履物を脱ぐのに屈もうとしたところに、前方から二人の女が湧いて出たように忽然と現れた。
少し驚いてユウヒが動きを止めると、女達はユウヒの両側に腰をおろし、履物を脱がせ始めた。
「ちょっ…あ、有難いけど自分でできるから」
慌ててユウヒが二人に声をかけて後ろに下がろうとしたが、やはりここでもその言葉は聞き入れられず、作り笑いの女達は手馴れた手つきでユウヒの履物と足袋を脱がせてしまった。
引き攣った顔でユウヒが立ち竦んでいると、女達はスッと立ち上がりそれぞれ片方ずつユウヒの手を取ると満面の笑みを浮かべて言った。
「ユウヒ様、こちらへ」
「どうぞ、こちらへお進み下さいませ」
ユウヒの返事を待たずに、女達は手を曳いて奥へと進む。
されるがままに付いていくと、少し広い部屋のような場所に出た。
背もたれのない小さな椅子がその中央に置かれていて、ユウヒはそこに座るようにと誘われる。
言われるがままにユウヒが座ると、目の前にある衝立の向こう側から、湯浴み着を身に着けた女が三人現れた。
――ぅわ…また出た。
思わず口から出そうになった言葉を必死に飲み込み、ユウヒは蒼褪めた顔で目の前のの女達の顔をまじまじと見つめた。
熱気で上気したその顔に、また例の笑みを浮かべた三人の女は、椅子に座ったユウヒの少し前方に並んで座り、手をつき、額が床に着きそうなほどに頭を深々と下げてユウヒに礼をした。
「ユウヒ様の湯浴みのお世話をするようにと、仰せつかっております」
真ん中の女の発した言葉に、ユウヒの顔がさらに蒼褪める。
逃げようかと腰を浮かしたところを、立ち上がった三人の女達に取り囲まれてしまった。