[PR] 住宅 9.刀鍛冶

刀鍛冶


「済んだかい?」

 いきなり声がかかって、スマルはビクッと体を起こして振り返った。
 背後から話しかけてきたトーマは、ゆっくりと歩いてきて、スマルの背後の椅子に腰掛けた。

「トーマさん…」
「どうすんだ、スマル。お前も何か面倒を押し付けられてたみたいだね」
「いや、そんな。面倒だなんて…」
「面倒だろう? でなかったらそんな顔、してるはずがないだろうよ」
 トーマはそう言って、スマルの肩をどんと叩いた。
「い、痛いよ、トーマさん」
「なんだい、トーマ。何だかさっきとはずいぶん態度が違うじゃないか」
 チコ婆が二人の間に割って入った。

「あぁ、もう考えても仕方がないと開き直ったからね。お前が言えないと言うなら、いくら聞いても絶対に答えないのは知っているし」
 トーマが眉をひそめて言うと、チコ婆は声を出して笑った。

「あはははは、よくわかってるじゃないか、トーマ。借りを作ってしまうようだが、あとできっちり返すからね」
「チコ婆に貸しか? 悪くはないが、どうも落ち着かないな…一つ聞かせてくれないか。それで貸しも借りもなしといこうじゃないか、チコ婆」

 チコ婆の顔からすっと笑みが消え、トーマの方を穏やかに見つめた。

「ん? 何をだ?」

「…この剣は、何を切るんだ?」

 一転して場の空気がまた重苦しくなる。

 スマルも固唾を飲んでチコ婆の返事を待った。

「…わからん。何も切らんで済むかもしれんし、妖の類、あるいは人の上に、その刃を振り下ろす時がくるかもしれん。正直、わからんよ」
 人という言葉が出た時には、トーマもスマルも寒気を感じたが、それでも返す言葉は何も浮かんで来なかった。

「郷を、出るんだからね。丸腰というわけにはいかんだろう……」
 チコ婆はそう言ってゆっくりと立ち上がった。

「二人には悪いんだが、この仕事は内密に。もう一つわがまま言わせてもらうと早急に仕上げてもらいたいだ。頼んだよ」
 つられて立ち上がった店の主人とその弟子を残して、チコ婆はさっさと引き上げてしまった。
 あとに残されたトーマとスマルは、顔を見合わせて、諦めたようにため息をついた。

「まったくもって、やっかいな婆さんだね、チコ婆は。スマル、お前は何を頼まれたんだ?」
「あぁ、はい。鞘に寄木細工のからくりを施してくれって…」
 トーマは驚いたように目を見開いた。
「鞘に? こりゃまたたいそうな仕事を請け負ったみたいだね、頑張ってくれよ」
「はい、やれる限りのことはやるつもりです」
「当たり前だ! じゃ、早速こっちも取り掛かるから…」
 トーマとスマルは、ユウヒの剣を手に取ると、無言のままでそれぞれの作業に取り掛かった。

 スマルは懐にチコ婆から預かった書付をしまうと、チコ婆に頼まれたからくりの仕掛けをあれこれと考え始めた。

 いつもの年と同じ作業のはずなのに、スマルは妙に不安で、胸が苦しくて仕方がなかった。
 トーマが剣を鍛える槌の音が響く工房の隅で、スマルは雑念を振り払いながら作業を続けた。

「俺にできることは、これしかねぇんかな…」

 思わずこぼれたスマルのつぶやきを、トーマはただ黙って背中で聞いていた。

 その日から、毎夜毎夜遅くまで、トーマの店からは工房の灯りが通りを照らしていた。