「こんなもん俺に渡して、いったいどうなさるつもりなんですか?」
ハッとしたようにスマルは顔を上げて、書付をチコ婆から受け取った。
「うん……」
チコ婆はちょっと考えるような素振りを見せて、それからスマルの肩に手を置くと、少し楽しげにさえ思えるような声で言った。
「スマル、お前…寄木細工でいつも器用にやっとる、あれ、あるだろう?」
「はい?」
スマルが緊張した顔から一転して、気の抜けた顔をしてチコ婆に聞き返した。
「だからほら、ユウヒと勝負だとか言うて、からくり箱を渡しておるだろう?」
「あぁっ!」
スマルはやっとチコ婆が言おうとしている事を理解した。
毎年、祭の時期に合わせてユウヒ達は郷に戻ってくるのだが、再び郷を発つ時にスマルは決まって自分で作った寄木細工のからくり箱をユウヒに渡しているのだ。
もう何年くらいそうしているかわからない習慣なのだが、きっかけは些細な事だった。
もうずいぶん前の事になるが、本より手先の器用なスマルが試しに作ったからくり箱を、ユウヒがいとも簡単に開けてしまった事があった。
その年、ユウヒ達が郷を発つのに合わせて、スマルはそれよりもさらに難しいからくり箱をユウヒに贈った。
相手にされなかった場合への予防策として、スマルは箱の中にリンへの贈り物を入れた。
そうすることで、ユウヒは妹のリンにせがまれてからくり箱を開けざるを得なくなるからだ。
贈り物、送別の品といったたいそうな物ではなかった。
最初の頃は、飴玉など菓子の類を入れていたように覚えているが、最近では何も入れていない事も多くなった。
次に郷に帰ってくるまでに開けられればユウヒの勝ち、開けられなければスマルの勝ちという風な遊びをしていたのだ。
ただそれだけの遊びなのだが、やめるきっかけをなんとなく失って、もう何年もずっと続けているそれを、チコ婆は知っていたようだ。
「あぁいった細工を、鞘に施して、その書付を入れておいて欲しいんだが…できるか?」
「えぇっ!? 鞘にですか?」
「やはり、難しいか?」
チコ婆の申し出に、スマルは驚きながらもあれこれと思いを巡らして実現の方法がないかと考えてみた。
箱と違って平面的になる分、簡単なからくりであればどうにかできなくもないように思えたスマルは、その旨をチコ婆に伝えた。
チコ婆はスマルの言葉に何かを考えていたようだが、少し顔を歪めてスマルを見ると、ため息を一つついていった。
「簡単では、困るんだがなぁ…今までのどのからくりよりも難儀なものを頼みたいんだよ」
「…なぜ、ですか?」
スマルはまっすぐにチコ婆を見ていた。
チコ婆のどんなに些細な心の揺れも、見逃すまいとしている様だった。
そんなスマルの視線に、チコ婆は笑みを漏らす。
「そんなに怖い顔をするな、何ももう隠したりはしておらん。私はただ、あんたのからくりを解く事で、あの子の頭の中を真っ白にしてあげたいだけだよ」
「真っ白に、ですか?」
「そうだよ。これから先、嫌が上にもあの子も気が付いてくるさ、自分が何者なのかって。頭の中に靄がかかった時に、お前のからくりでそいつをきれいに取っ払ってやりたいんだよ」
そう言ってチコ婆は笑っていたが、その顔はあの時のように寂しそうで、泣き出しそうな、そんな笑顔だった。
スマルも、チコ婆の想いに胸が詰まった。
「無心になってからくりを解いて、あげくに目にするのがこの手紙ってのも……」
つい口をついて出た憎まれ口に、スマルは慌ててチコ婆から目を逸らした。
「だから、とびっきりに難しいのを頼みたいんだよ、スマル」
チコ婆は言った。
「そうしたら、きっとこの手紙を見る頃には、その内容は驚きではなく、あの子の探していた答えになるはず、なんだからね……」
「……わかったよ、チコ婆様。やれるだけ、やってみます」
スマルはもう、そう答えるしかなかった。