二十年に一度の社遷し。
そして宮からもたらされた報せによって、郷中を騒然とさせた神宿りの儀。
盛大に開催された二つの祭がその幕を下ろしてから、もう半月ほどの時間が流れていた。
その身に神を迎え入れ、次代のホムラ様となったリンの下には、連日多くの客人が挨拶などに訪れ、その足が途切れた合間には、たくさんの書物に目を通しホムラとしての心得などを学ぶ。
あの日以来、リンはとても多忙な日々を送っている。
そんなリンのところには、様子を伺うようにシムザが3日と空けず足を運んでいた。
「リン。お前、大丈夫?」
根を詰めると限度というものを全く考えないリンの、その血の気が少し引いた顔を覗き込んで、シムザが心配そうにたずねる。
その度にリンは、シムザに心配をかけまいとその顔に満面の笑みを湛えて、明るい声で答えてみせた。
「大丈夫って言ってるでしょう。シムザは心配しすぎだよ」
そうは言っても、目に見えて疲れているリンを放ってはおけず、シムザはこうしてリンのところに通っているのだった。
「ならいいけど…まぁ確かに大切な役目を任されたわけだしな。頑張れよ、無理はするなよ」
「うん。ありがとう」
「…俺に任せて。絶対に俺がリンのこと守ってやるから」
「……? 大丈夫だって、シムザ。そんな大げさな…」
祭の日からシムザが頻繁に口にするこの言葉に、リンは妙な違和感を覚えつつも、自分を大切に思ってくれているその気持ちはありがたいと受け止めていた。
「リン、大丈夫だからね。ホムラ様なんていう大役も、リンなら大丈夫。俺もついてるから」
「うん、わかってるよ。ありがとう」
何度繰り返しても、想いが噛み合わないような違和感が拭えない。
だがリンのそんな思いに、シムザが気付いている様子はなかった。
そしてリンは、これはすべて私のためを思って言っているのだから…と自分を納得させて、あれこれ思案するのをやめて心を閉じる。
シムザが自分を想ってくれる、その一点を支えにして、リンは毎日を過ごしていた。
リンを訪ねてきた新たな訪問客と入れ替わりに、また来るからという言葉を残してシムザは帰っていった。
「よくお出で下さいました。どうぞ、こちらへ…」
疲れた顔と、休みたい自分を押し隠して、リンがまた客を笑顔で部屋に招きいれている。
その気配を感じつつ、ユウヒは離れの部屋で独り、寝転んで暇を持て余していた。
「あれから何日くらい経ったんだろう……」
天井に向かって、ぼそりとつぶやいてみる。
こうして部屋にいると、何もなかったのではないか、全部夢なのではないかと思えてくる。
しかしリンへの訪問客や、運び込まれた多くの書物が、祭の夜の、あの霧の中の出来事を鮮やかに思い起こさせた。
そして耳に残る祖母の声、言葉……
――お前もまた選ばれた者なんだよ。
――蒼月。それが今日お前に与えられたもう一つの名前だよ、ユウヒ。
リンに降りてきたホムラという神は、あの時、たくさんいる娘達の中から自分の事を選び出し、蒼月という名前を与えた。
与えられたはいいが、それがいったい何を意味するのか、ユウヒは未だに知らされていない。
何もかもがわからない事だらけだというのに、その上このホムラの郷を出ろとまで言われた。
郷を出るという事に関してだけ言うなら、平素から祭の時期以外は各地を転々とする生活をしているユウヒには、これと言った不安は特になかった。
そろそろ家族から離れて、一人で行動してもいい頃合いではないかと内心思い始めていた事もあり、これはある意味好機が到来したと言っても良かった。
ただ、やはりわからない点があまりに多く、どうにもすっきりしない。
何よりもユウヒを悩ませていたのが、あの日以来止むことのない耳鳴り。どんよりと重たい肩。
そして…
「はぁ〜…いったい何なんだよ、この模様はぁっ!?」
ユウヒは袖から抜いた腕を胸元から出し、衣服を肌蹴て肩を出した。
身ごろを前で合わせて帯を締めて着るヒヅ風の衣服は、すべてを脱衣しなくても肩や腕をいとも簡単にさらけ出せる。
露わになったユウヒの肩から腕への滑らかな線を、障子越しに入ってくる日の光が柔らかく照らし出した。