「お前達に、私はどんな風に見えてるのかねぇ?」
突然の質問に、一同唖然として顔を見合わせた。
今はそんな話をしているどころではなかったはずだが、チコ婆はさっきと同じく厳しい顔のままで、ユウヒ達の返事を待っている様子だった。
「どんな風って…今、そんな話をしても……」
スマルが後ろから口を挟んだが、チコ婆は頭を振って答えた。
「今だから聞いておる。どうじゃ?」
チコ婆の意図しているところがわからず、三人はまた顔を見合わせて黙り込んでしまった。
それでもチコ婆は、黙ったままで返事をじっと待っていた。
ユウヒは自分の質問の答えが半ばはぐらかされたような状態になっていることに苦笑しつつも、この問いに答えなければ話が前に進まない事を思って口を開いた。
「チコ婆様は…すごい人だよ。年寄り衆の中でも、何と言うか、言葉に力を持っているというか…そんなかんじ」
スマルは黙って成り行きを見ていた。
次にリンが口を開いた。
「そうだね、年寄り衆のチコ婆様って言ったらそんな感じだよ。普段は厳しいけれど、孫には甘いチコ婆様だね」
そう言ってリンが笑うと、ユウヒもつられて笑っていた。
それを聞いたチコ婆は、にやりと笑って愛おしそうに孫二人を見つめ、そして小さくつぶやいた。
「そうか…孫には甘いか……」
そのつぶやきがどんな意味を持っていたのか、後になってスマルは思い知るのだが、その時はリンにそう言われて嬉しそうにしているチコ婆をただ黙って見ていた。
チコ婆はその後、一人でぶつぶつを何かをつぶやいていたが、ふいに大きなため息をついて話を始めた。
「ホムラの郷はクジャ王国という国の一部だということは知っておるよな?」
またいきなりのチコ婆の言葉に戸惑いながらも、ユウヒ達三人は頷いて、次の言葉を待った。
その様子を確認して、チコ婆はまた話を始めた。
「この国では昔から、王が亡くなると宮から使いがこの郷にやってきて、そしてその年の祭でホムラ様が選ばれることになっていた。もう何年も…そうさな、250年近く忘れ去られていた古い風習だ」
チコ婆は言葉を選びながらも淡々と話し続け、ユウヒ達は黙ってその言葉に耳を傾けていた。
「そんな古びた習慣を、知っている人物がいたんだな。どういう経緯でそうなったのかは知らないが、王が崩御したこの年、古の慣わしに従ってホムラの郷に使いを出した人物がいたんじゃ、名は…サクというらしい。そのサクという人物が、どういう意図でこんな事をしたのかはまだわからん。それに祭に宮の者と思われる人物が顔を出しておらんところを見ると、これはおそらくサクという人物が独自の判断で、単独で行ったことだと考えるのが正しいだろう。そして、リン。お前がそのホムラ様に選ばれた。お前の許にホムラ様は降りて来られたんだ」
いっきにそこまで言ったチコ婆は一息ついて、リンの事を見つめた。
リンは目を逸らすことなく、チコ婆の事を見つめ返してきた。
その力強い視線に、チコ婆は安心したように頷いて、また話を続けた。
「神宿りの儀は次代のホムラ様を選ぶために行われる祭だったんだよ。ホムラ様は知っての通り、郷ばかりでなくこの国自体の信仰の対象でもある。善と悪の二面性を持っていて、その広い心でこの国の民の心の支えとなっておるとされている。そのホムラ様となったリンは、言ってみれば神の使いの巫女のようなものだ。この国が道を失うことなく進んでいけるように、何より心のよりどころとしての勤めを、この先担っていくことになるだろう」
チコ婆のその言葉を聞いて、リンは神妙な顔つきで深く頷いた。
「そして…ユウヒ。さっきお前はホムラ様はなんで降りてきたのかと、そう私に聞いたね?」
「はい…」
いきなり話が振られたユウヒだが、やっとこれでずっお聞きたかったことが聞けるのかと思うと、心ならずも返事に力がこもってしまった。
「ホムラ様は…この人だと思う人の舞を鏡映しにして舞う。つまりユウヒ、お前もまた選ばれた者なんだよ。お前を選び出すために、ホムラ様はリンの許に降りてきたんだ」
チコ婆の声は力強かったが、肝心な部分がまだ明らかになっていない。
ユウヒは戸惑いを隠そうともせずに、怪訝な顔でチコ婆を見返した。
「私も…選ばれた?」
ユウヒの言葉に、チコ婆が深く頷いた。
その時ユウヒは、またひどい耳鳴りを感じ、そして今度はハッキリと呼びかける声を聞いた。
――蒼月っ!
「え…何!?」
ユウヒが天井を見上げてその声の主を探すが、そのようなものが存在するわけもなく、ユウヒは首を傾げた。
「ソ…ソウゲツ?」
思わずつぶやいたユウヒの言葉にチコ婆の顔がいっきに曇った。
「ユウヒ! ユウヒ、今…お前…今なんと言った?」
チコ婆が声を荒げて問いただすが、ユウヒ自体もわけがわからず、戸惑いながらありのままを答えた。
「聞こえたんだよ、今。いや、頭の中に直接響いてくるって言った方がいいのかな? なんだろう、ソウゲツって……」
再び緊張した空気が広間の中を支配して、重苦しい雰囲気が、よりいっそう緊張感を増幅させていた。
リンは目に見えて動揺していた。
そしてスマルは、チコ婆の言った言葉を思い出し、ユウヒの言葉を頭の中で反芻していた。
「あぁ…本当に、チコ婆の言った通り、なんだな……」
そう小さくつぶやいたスマルは、緊張した空気の中でなぜか妙に冷静でいられる自分が不思議でならなかった。
そのスマルの目の前では、青ざめた顔のチコ婆が、それでも動揺を抑えて話を続けていた。
「声が聞こえた、か。そうか…やはり本当に選ばれたんだね」
「選ばれたって? チコ婆様、それはいったい……」
「蒼月。それが今日お前に与えられたもう一つの名前だよ、ユウヒ」