「何か起こるってのはわかっててもさ、実際に目の前で事が動き始めるとさ、やっぱりびっくりするもんだね…」
細く小さくつぶやくユウヒの声に、スマルは黙って耳を傾けていた。
「鏡にうつってる自分見てるみたいに、ぴったり同じだったよ…目には何も映ってなくて、なんだかぼんやりした顔をしててさ。それなのに、どんな動きにもぴったりついてくる……ちょっと、こわかったよ、正直…」
その時の事を思い出したのか、ユウヒは突然体を起こして、さきほどまで紫の霧に煙っていた舞台の上をじっと見つめていた。
そのまま何かに思いを巡らしている様子を見せたかと思うと、次の瞬間には何もない宙を見つめてぼんやりとする。
そしてゆっくりと膝を抱え込むと、そのうずくまった体勢のままで話を続けた。
「……なんかね、炎みたいな…なんだろう、リンは赤、私は青いのに包まれて、それがどんどん伸びて交わって紫色に変わって、そんで一つになって……」
「ユウヒ……」
スマルの声にもユウヒは顔を上げることはなく、膝を抱えた腕に突っ伏したままだ。
「気が付いたら周りは何も見えなくなっててさ、私とリンの二人だけが紫色の霧の中で舞ってたんだよね…正直言って、どっちが選ばれたんだか…わかんないでいたよ、私は……」
スマルの体が一瞬硬直したが、うつ伏せのままのユウヒは気付かなかった。
ただ横から感じるスマルの気配がいきなり緊張したものに変わったので、ユウヒは不思議そうに顔を上げてスマルの顔を見た。
「…何? スマル。何かあった?」
「え? あぁ…いや、あっちから見ててさ、いきなり対になって舞い始めたの思い出してちょっと…」
「…ふ〜ん、そう……」
ユウヒが何か言いたげにに相槌を打ったが、スマルはチコ婆に口止めされている以上、何も言うわけにはいかない。
かと言ってユウヒ相手に嘘やごまかしがそう長くは続けられないのもわかっている。
スマルは話の流れを断ち切るように立ち上がった。
「さて…ほら、お前も立て! 落ち着いたらお前を中に連れてこいって頼まれてんだよ。行くぞ!」
自分に向かって伸ばされた手を取って、ユウヒも立ち上がった。
引っ張り上げるようにユウヒを起こしたスマルは、探るように自分をまっすぐに見つめてくるユウヒと目が合ってしまった。
「そんな見るな! 腹ん中まで見透かされそうなんだよ、お前には!」
それでも目をそらさずにいるスマルに、ユウヒは思わず苦笑した。
「あいかわらず、嘘のつけないヤツだ。いいよ、別に無理に何か聞き出そうとしてるわけじゃない」
「別に俺は……」
スマルは焦って言い返そうとするが、チコ婆に口止めされている以上何も言えるはずがなく、そこで口ごもってしまった。
ユウヒはそんなスマルの肩をポンと叩き、舞台を降りる階段の方へ歩き出した。
「あんたが言わないなら私だって聞かないよ。行こう、呼ばれてるんだろう?」
「あ、あぁ……」
どこまでわかっているのか、腹が据わっているだけなのか、何も問い詰めてこないユウヒにホッとしつつも、スマルは何か腑に落ちないでいた。
かと言って何か切り出してボロを出すわけにも行かず、スマルは黙っているしかなかった。
「なぁ、スマル」
前を歩くユウヒが、振り返りもせずに声をかけてきた。
「ホムラ様に選ばれたのは、リンの方、なんだよね?」
それは明らかに何かに疑問を感じているといった言い方で、スマルにはそれが痛いほどによくわかった。
ユウヒはリンが対になる対象として、自分を選んだことに何か意味があるのではないかと思っているのだ。
ただその疑問に答えてやるわけにはいかないスマルは、言葉通りの返事をするしかなかった。
「あぁそうだ。リンが選ばれたって、俺は聞いてるよ」
「そうか…急ごう。みんな待ってる」
駆け出したユウヒの後を追って、スマルも小走りに社の中へと入っていった。