選ばれし者


 チコ婆とスマルが舞台裏手近くに着いた頃には、もうすべての舞いの奉納が終わっていた。

 あいかわらず霧は濃かったが、終の舞の時のように姿が見えないというようなことはなくなっていた。

 舞台は翌日の昼に解体されることになっているが、それ以外のものは今夜中に片付けることになっている。
 舞手であった娘達も今は裏方となって、皆、後片付けに追われて慌しく動き回っていた。

 そんな中、ひときわ空気の張り詰めた空間に、片付けには加わらず深刻そうな顔をした集団がいた。その集団の中にいたヨキが、二人に気付いて近寄ってきた。

「わざわざ悪かったね、スマル。あんたはユウヒの方を頼めるかい? 母さんはこっちに…」

 ヨキがそう声をかけると、チコ婆は黙って頷き、ひょいっとスマルの顔を見上げた。
「スマル、任せたよ。ユウヒが落ち着いたら、一緒に中に入ってきてくれるか?」
 厳しい表情のチコ婆を見ようともせず、スマルはユウヒの姿を探しながら答えた。
「……はい」

 スマルの神妙な表情を確認するように見たチコ婆は、安心したように目を伏せて一息つくと、数歩進んでヨキに並んだ。
「ヨキ、ご苦労さんだったね。で、リンは?」
「社の中だよ。今は…意識がないというか……眠ってるよ」
「そうか…」
 そう言って二人は社の方へと歩いて行った。

 途中思い出したように振り返ったヨキが、スマルに声をかけた。

「ユウヒなら舞台の上だよ!」

「上?」

 驚いたように聞き返すスマルにヨキは笑顔で答えて、そのままチコ婆と社の中に消えた。
 その後を追うように社の中に入っていったキエとイエリを目で見送ったスマルは、片付けに追われる人々を避け舞台に近付き、階段をゆっくりと上がって舞台の上に出た。

 ついさきほどまで幻想的な世界を作り出し、見物客を魅了していた舞台も、今は静まり返り重たく沈んでいる。
 そしてその舞台の中央に、ユウヒは両手足を投げ出して寝転んでいた。

 スマルは静かに近寄っていくと、上からユウヒを覗き込んだ。

「おぅ…」

 スマルの声に、ユウヒは閉じていた目をゆっくりと開け、視線だけを動かしてスマルの方を見た。

「おぅ……」

 スマルはユウヒの横に腰をおろした。
 それを目で追っていたユウヒが、ぼそりとつぶやいた。

「なんか…疲れたよ」

「…そっか。思ってたよりは大丈夫そうだな、ユウヒ」

 そう言ってスマルはユウヒの頭をぽんぽんと軽く叩いた。

「リンの事、聞いたか? 今は社の中で眠ってるそうだ」

「そう……」

 ユウヒはそう答えるとまた目を閉じて、ゆっくりと息を吐き出した。