うっすらと視界がかすみ始める。その中に太鼓の音がまた反響し始めた。
先ほどまでの追いかけてくるような、勇壮な音の波ではない。
空気を振るわせるだけの小さな音が、靄に紛れて響いてくるのだ。
――トントトンッ トントトンッ……
単調に繰り返されるその音は、社の外にも響いてきていた。
気温が少し高いのか、湿気を帯びた空気がどんどん霧になり始めているようだった。
篝火が靄の中に揺れて、浮かび上がる社が幻想的な光景にさらに不思議な力を与えていた。
スマルはふいに妙な寒気を感じて、舞台の方を凝視した。
特に何か起こっているわけでもなく、舞手の娘達に変化が見られたわけでもない。
しかし、ユウヒとリンを視界に捕らえた途端に、スマルはまたゾクッと嫌な寒気を感じた。
――な、なんだ?
寒気を自覚したスマルは、ふと自分が震えていることに気が付いた。
自分の腕をぎゅうっと掴んでみたが、小刻みな震えは止まらない。
スマルは舞台の方をじぃっと見つめ続けていた。
――いったい何が起ころうとしてんだよ……
周りの見物客は、目の前に広がる幻想的な光景に目を奪われ魅了されている。
そんな中でスマルはただ一人、自分自身を抱きしめるかのようにぎゅぅっとその腕を掴んで、靄にけむり始めた舞台をじぃっと睨み付けていた。
――トントトンッ トントトンッ……
太鼓はまだ低く鳴り響いている。
靄のかかり始めた舞台の上で、舞手の娘達は不思議な感覚に襲われ始めていた。
ふわふわと浮いているような、波間に漂っているような不思議な感覚。
突如、空の上から降ってきたかのように、笛の音が高く鳴り響いた。
舞台の上の娘達が、ゆらりとゆっくりを動き出す。
最後に奉納される舞、終の舞の最終章が始まったのだ。
優しく、たおやかに舞う娘達を両翼に従え、舞台の中央では六人の娘が鮮やかに剣を操り剣舞を披露していた。
靄でかすみ、篝火に照らされたその光景は、まるで夢でも見ているかのようだった。
見物客は歓声をあげることも、拍手をすることも忘れて、その幽玄の世界に夢中になっていた。
剣舞の六人のうち、中央に立つユウヒの舞だけが少しだけ他の五人と違っていた。
五人の舞は、ちょうどユウヒを取り巻く花弁のように周りで美しく調和して、それがよりいっそうユウヒの舞を際立たせていた。
軽やかに身を翻したユウヒは左側を向き、だんっと音を立てて右足を踏み込んだ。
舞台正面に腕をまっすぐ伸ばして剣を前に突き出した、その時だった。
――カィィィーーーーンッ……
決して交わる事のないはずの剣がぶつかり、金属音があたりに響いた。
「えっ……」
ユウヒが思わず声を出した。
腕を伸ばした先を見ると、確かに剣が交差している。
誰かが自分と、背中合わせに立っているのだ。
金属音は靄にのまれてすぐに消え、そのせいか、ユウヒの周りでは何事もなかったかのように皆が舞を続けている。
チコ婆の言葉をふいに思い出し、ユウヒも舞をそのまま続ける。
――誰?
同じ体勢のままで、手首で巧みに剣を操って舞を続ける。
ぐっと顎を引き、舞台正面に顔を向けたその時、肩越しに背後の人物の装束の色が目に入った。
――こ、これは…
冷や汗が流れ、背筋がゾクッと寒くなった。
――この装束は……
次第に早くなる太鼓の音に呼応するかのように、ユウヒの鼓動も速くなった。
腰を落とし、自分の目の前に剣を立てると、それを軸に体を大きく回転させて宙返りをする。
舞台中央を向くようなかたちで、ユウヒは背後にいた人物と真正面から向き合った。
ユウヒと同じ体勢をとりまっすぐに剣をこちらに向けて伸ばしている。
いや、同じではない。まるで鏡に映したかのように、構えが対になっている。
何も映さない虚ろな瞳をしたその人物と向かい合い、ユウヒは息が苦しくなるほど胸が締め付けられ、涙が出そうになった。
「リン……」
ひどい耳鳴りがして、ユウヒは何かに呼ばれたような気がした。