神の宿る祭


 終の舞を残し、すべての舞の奉納を終えた舞台は、さきほどまで繰り広げられていた娘達による華やかな舞の余韻だけを残して静まりかえっていた。

 社の敷地内全体を覆う重たいとさえ思える緊張感の中を、ユウヒはただ黙って歩いていた。
 途中、桟敷席の後ろを通る際に長老と目があった。
 長老は申し訳なさそうな、何とも複雑な表情で黙って頷いていたが、もう苛立った気持ちもすっかり静まっていたユウヒはただ軽く会釈をして通り過ぎた。
 ユウヒはそのまま、終いの舞の準備で忙しく動き回っているヨキ達の方に近付いていった。

 近付いてくるユウヒに気付いたヨキが、手招きして早く来るように促している。
 遅れてしまったのかと慌てたユウヒがヨキの方に駆け寄ると、ヨキは寄り添うようにユウヒの横に並び、伏せ目がちに小さな声でユウヒに言った。
「ここまで何も起こらずにきちまった。嫌が上にも、次で何かが起こる。最後の、あんたの終いの舞で、ってことだ。わかるね?」
 ヨキの視線がくっと上がり、ユウヒを捉えた。
 ユウヒはそんなヨキの勢いに押され、ゴクリと息を呑んで、そのまま首を縦に振った。
「あぁ、わかってる。何が起こっても、私は舞を止めないから」
 ユウヒはヨキに笑って見せた。
「それに今はね、途中から舞台に上がってくる他の5人に私が振り回した剣が当たらないかとか、そんな事ばかり気にしているから…大丈夫。私はやれるよ」

 ヨキは安心したように微笑み返し、そのままユウヒを強く抱きしめた。
「ど、どうしたの? 母さん?」
 驚いてユウヒが固まっていると、ヨキが涙で少しうるんだ瞳で、じっとユウヒを見つめて言った。
「終の舞を舞うあんたに何か起こるって決まったわけじゃないのにね。私はバカな母親だから、心配でならないんだよ」
「母さん…」

 ふと気付くとリンが真横に立っていて、ヨキはユウヒにしたのと同じように、今度はリンの事を強く抱きしめた。
 リンもやはり驚いた様子で、その表情には戸惑いが溢れていた。
 ユウヒとリンは顔を見合わせて、あいもかわらず心配症な母に思わず笑いだしていた。
「大丈夫だよ、母さん」
「そうだよ、姉さんの言うとおり。私達なら大丈夫だから」
「あぁ、そうだね。私の娘だもん、立派にやり遂げてくれるさ」
 ヨキは娘達の言葉にそう答えると、二人の肩に手を置いてもたれかかるようにすると、ゆっくりと息を吐いて気を落ち着けた。
「…もう、大丈夫。ささ、そろそろ始まる頃だね。終の舞、面は着けなくていいそうだよ」
 剣を紐で操るユウヒのやりやすいようにと、チコ婆からの提案だった。

 いよいよ時間となってきたのだろう。周りに舞を奉納する娘達が全員集まっていた。
「ユウヒ、頑張んな!」
 アサキがニカッと笑って言うと、ユウヒも同じように笑って答えた。
「あぁ、アサキも。そして皆もね。頑張ろう!」
「はいっ!」
 ユウヒの声に、娘達が元気に返事をした。
 剣舞を担当している四人が、ユウヒとリンの傍らに集まってきた。
 そしてお互いに剣を固定した腰布を確認すると、ユウヒ一人がくるっと踵を返した。
「じゃ、頑張ろう! 行ってくるね!」
 そう言うと、ユウヒはゆっくりと舞台に続く階段を一歩一歩上り始めた。

 舞台まであと三段を残したところでユウヒは足を止め、二振りの剣の柄に付いた紐の輪に、それぞれ両手首を通した。
 見物客のざわめき、鳴り響く笛や太鼓の音さえも、ひどく遠くから聞こえてきているような、そんな錯覚を起こす。

 ユウヒは大きく息を吸い込み、肩の力を抜いてゆっくりと細く長く吐き出した。