神の宿る祭


 社の外に出ると、見物客用に組まれた足場の方から声をかけられた。
「こっちだ、ユウヒ!」
 声のした方を見ると、スマルが小さく手を上げていた。

 ユウヒが近付いていくと、周りに小さなざわめきが起きた。
 初めの舞の舞い手であるユウヒが現れたことで、郷の外から来た見物客達がその姿をもっとよく見ようとしているようだった。
 他の見物客の邪魔にならぬようにと気遣ってかどれも小さな声ではあったが、あちらこちらからユウヒは声をかけられた。
「すみません…また後にしてくれませんか?」
「悪ぃな…」
 一言詫びを入れるユウヒについで、スマルまでもが声をかけてきた人々に謝っていた。

 ようやくスマルの横に辿り着いたユウヒは、腰を下ろすなりスマルを睨みつけた。
「なんであんたまで謝ってんだよ、スマル」
 ユウヒの様子にスマルは呆れたように、ため息交じりの返事をした。
「何があったのか知らんが、そんな顔で謝っても、相手をびびらせるだけだろう?」
「そ、そんな顔って?」
「…恐ぇんだよ、顔。何怒ってんだ、ユウヒ」
ユウヒは驚いたようにスマルを見た。
「何って……」

 スマルが次の舞を舞うリンの方に視線を向けた。
「あ? 何だよ、ほら…」
 視線を逸らしたまま、スマルはユウヒに話しかける。
 自分の思った事を思うように口に出せないユウヒに対する気遣いだった。

 付き合いが長い上に常に一番近くにいるスマルには、もう何でも気兼ねなく話せるユウヒだったが、それでもあいかわらず自分を気遣うスマルの態度に、逆立っていた気分がすぅっと落ち着いていくのを感じた。

「あぁ、ごめん。ちょっとさ…」
 そう言って、チコ婆や長老の様子について簡単に話をした。
 周りにも人は多く、あまり大きな声で話すのもどうかと思う内容だったので、二人はリンの舞を見たままで、ボソボソと小声で話を続けた。
「…で、いいかげんにしてくれって、イライラしてたってわけ」
「そっか…まぁわからんでもないが、そういうお前の態度だって、他の連中にはたまらんのじゃないのか?」
「あぁ、わかってる」
 ユウヒは静かに頷いた。それを見て、スマルもゆっくりと頷いた。
「だろうとは思ったけどな。それにしても、面倒な事になっちゃったよな、ユウヒ」
「うん。なるようにしかならないとは思っていても、やっぱりどっかで気にしちゃうね」
「無理ないだろ。考えないようにする方が不自然だし、いいんじゃないか、そのままで」
「だよね……」
 二人してつなぐ言葉を探して、少しだけ沈黙した。

「あ、そうそう。剣ありがとう。すごいね、これ。本当に気分良かったよ」
 スマルが驚いたようにユウヒの方を向くと、ユウヒが手首を通す輪が留めてある剣の柄をトントンと指で突いた。
 何のことかと納得して、スマルが満足げに返事をする。
「お前用の細工だからな。あそこまで使ってくれれば、作った俺としても申し分ねぇよ」
「そっか。終の舞でも好き放題やってやるから、楽しみにしてて」
 ユウヒが笑うと、スマルも釣られて小さく笑った。

 二人は何かを確認するかのように黙って頷くと、舞台のリンの方に目をやった。
 そろそろ次の舞も終わるらしく、舞台の後方では剣を持たない舞い手が慌しく準備をしている。
 やがて大きな歓声が沸きあがると、リンの次の舞が終わり、娘達の華やかな舞が始まった。

 スマルとユウヒは大きな溜息をついた。
「何も、起きなかったね…」
「あぁ。正直なところ、今回の祭はハラハラして楽しむどころじゃないな…」
「そうだね。ホントそうだよ」
 ユウヒが言うと、スマルがにやりと笑っていった。
「お前は舞い始めちまえばそんなん関係ねぇだろうが!」
「あ…まぁね。でも見てる時はたまんないよ……」
 また少し笑って、二人は舞台の方を見た。
 ユウヒ、リン以外の剣舞の舞い手も加わり、舞台の隅々まで使って華やかな舞が続いている。
 難しい話はひとまずやめて、周りの見物客達に混じってユウヒとスマルも舞台をただぼんやりと見つめていた。

 舞いの奉納がどんどん進み、神宿りの儀もそろそろ終わりに近付いてきた。
「じゃ、私そろそろ行くわ」
 ユウヒがそう言って立ち上がると、スマルがユウヒの顔を少し不安げに見上げた。
「あぁ、頑張れや」
 スマルの表情に苦笑しながら、ユウヒは笑って返事をした。
「なんて顔してんの! じゃ、またあとで…」
「おぅ……」
 歩きながら手を振るユウヒに、スマルも手を上げて答えた。

 刺々しさが抜け、いつものユウヒに戻ったその後ろ姿を見送って、スマルは大きな溜息を一つついた。

 ――ユウヒ…大丈夫か、お前?

 ユウヒが伝えなかった内心の不安を、スマルは感じ取っていた。
 ただユウヒが大丈夫と言っている以上何も言えず、ただ黙ってその姿を見つめるだけだった。
 ユウヒはユウヒで、スマルがすべて気付いている事はわかっていたが、特に何かを伝えようとはしなかった。

 あえて伝えなくてもわかっている、わかってもらっている。
 スマルとユウヒの二人は、いつもそんな風に過ごしてきたのだ。

 不安は消えないもののイライラした気持ちは払拭できたユウヒは、振り返ることなくまた社の敷地内に戻っていった。