舞台の上ではリンの次の舞が続いていた。
社の外の視線は舞台で舞うリンに釘付けとなり、その手前、舞台の下を歩くユウヒの姿に気付く見物客は誰もいなかった。
ユウヒはふと立ち止まり、見物客の視線を追うように自分も舞台の上のリンを見た。
濃灰色の装束を身にまとい、篝火に照らし出されたリンの姿は、そのまま夜空に溶け込んでしまいそうで、ユウヒは妙な胸騒ぎを覚えた。
「リン……」
次の舞の舞い手に選ばれてから、リンはとても熱心に剣舞の稽古をしていた。
ユウヒのようにその日の気分がそのまま表れる舞ではなく、リンの舞はお手本として残しておきたいほどに、ヨキに教わった剣舞を見事にそのまま再現していた。
ニイナの舞いを彷彿とさせるほど剣の先にまでその神経は行き届いており、とても丁寧で優しい舞をリンは披露していた。
「やるときゃやるね、リン…」
ユウヒはその場に立ち尽くして、妹の舞に見入っていた。
舞台の上にいるリンの目に、一人ポツンと立って自分を見つめる姉の姿が飛び込んできた。
二人は目が合うと、どちらからともなく嬉しそうにニコッと笑みを浮かべた。
そしてリンはまた舞に集中し、ユウヒはその場を離れてスマルのいる社の外へと歩き出した。
ユウヒはなぜか、リンの舞をそれ以上見ることはできなかった。
いったいそれがなぜなのかはわからないが、どうしても言い知れぬ不安が拭い去れなかった。
何とも抑え難いその感情を持て余し、いろいろと思いを巡らせながら歩いていると、ユウヒを呼び止める声があった。
その声の方に目をやると、そこには年寄り衆の桟敷席があり、声をかけてきたのは他ならぬ郷の長老、ユンだった。長老は桟敷席から離れてユウヒの方に歩いてきた。
「長老様…」
ユウヒはササッと身なりを整えると、その場に片膝をついて長老に一礼した。
長老は、ホホッと小さく笑ってユウヒの肩に手をおいた。
「そんな礼はせんでもいい。ユウヒ、立ちなさい」
ユウヒは顔を上げると立ち上がって、もう一度軽く礼をした。
「こんばんは、長老様」
「あぁ、ユウヒ。見事な初めの舞だったよ」
「あ、ありがとうございます」
長老の言葉をユウヒは素直に受け止めて礼を言った。
「今年はいろいろと計らってもらって、好き放題やらせてもらっちゃって…」
ユウヒが照れくさそうに言うと、長老はくしゃっと顔を歪めて笑うと首を横に振った。
「いやいや。お前らしい、良い舞だった。のびのびとして、楽しそうで…もっと早くあぁしてやれば良かったなぁ」
自分の孫にでも話しかけているような、優しい口調だった。
「なぁ、ユウヒ。面倒なことに、なったもんだなぁ…」
「え?」
長老の唐突な言葉に、ユウヒの表情が固まった。
いったいどう返事をしたものか困っているユウヒに向かって、長老が笑顔で言葉を続けた。
「長老などと郷の者達を導く立場にありながら、こんな重要な事を今までずっと知らんでおった」
「………はい…」
返す言葉もなく、ユウヒはただ頷くだけだったが、長老はかまわず話し続ける。
「お前の婆さんは、チコはずっとこんなもんを一人で抱えておったんかのぉ…」
ユウヒにというより、自分に言い聞かせているような長老の言葉が、ユウヒを通り過ぎていく。
長老は、ユウヒの方を見てはいるがユウヒを見ているわけではなく、ユウヒを通してもっと遠くを見ているようんだった。
「あの…長老様?」
ユウヒが声をかけたが、長老はそのままで淡々と話をしていた。
「ホムラにも、この国にも、まだまだ知らん事が、隠されている事がたくさんあるのかも知れんな…なぁ、ユウヒ」
「はっ、はいっ?」
いきなり声をかけられて、ユウヒが返事をすると、今度は長老と目がぴたりと合った。
「お前は、お前達はどこまで聞かされておるのかな?」
「はい…今日の祭で、舞い手の誰かにホムラ様が降りてこられる、とだけ…」
「そうか…」
長老は小さな溜息をついた。
「辛いな。黙ってるチコも、全てを聞かされずにいるお前達も」
困ったような顔をするユウヒに、長老は頭を下げた。
「ふがいない指導者ですまんな。ワシにはどうしてやる事もできん」
「そんな…やめて下さいよ、長老様」
ユウヒは慌てて長老の体を起こした。
「どうしちゃったんですか、まったく。チコ婆様もさっきそんな事やってましたよ」
今度はユウヒが溜息をついた。
「チコ婆様にも言ったんですけど、詳しくは言えないっていうのなら、謝ったりとかしないで、もっとシャンとしてて下さい。皆が不安になります」
あまり感情が表に出ないユウヒだが、さすがに少し苛立ちが混ざった言葉になった。
「何を隠しているのか知らないけれど、私達はやるしかないんです。だからいかにも何かあるっていう態度はやめて下さい」
ユウヒはそう言って長老に軽く頭を下げると、見物客でごった返す社の外へと足を向けた。